第13回 坊っちゃん文学賞
夏目漱石の代表作『坊っちゃん』の舞台として知られる松山市が、
市制100周年のときに創設した文学賞が<坊っちゃん文学賞>です。
新しい青春文学の誕生と、フレッシュな才能に期待したこの文学賞は、
豪華な顔ぶれの審査員により2年に一度、選考が行われており、
これまでも多くの作品が世に送り出されてきました。
マガジンハウスでは、この<坊っちゃん文学賞>を応援しており、
大賞作品は『クウネル』(マガジンハウス発行)誌上にて発表します。
詳しい募集情報はこちらをご覧ください。
>坊っちゃん文学賞オフィシャルホームページ
応募締め切り:平成25年6月30日
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第12回大賞受賞 「桃と灰色」真枝志保 一人暮らしを始めた女子大生、いきなり「物干し竿」がないことに気付き、戸惑ってしまう。一体どうすればいいのか。いまどきの女子のぎこちない生活を描いた作品。「第12回坊っちゃん文学賞」大賞受賞作。電子書籍として2012年1月に刊行。 |
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受賞の言葉
高校生の頃、受験勉強の合間に、大学生になった暁にはこんなことやあんなことが起こるかもしれない、という夢を描いたことがある人は多いのではないでしょうか?しかし、たいていの人が何も起こらない大学生活を送って卒業していったのではないかと思います。
この話に出てくる大学生の女子もめくるめくような素敵なキャンパスライフなど送っていません。彼女は人付き合いをほとんどせず、通っている大学周辺からめったに出ることもない毎日を過ごしています。しかし、冬のある日に、近所のバス停に立っている同じアパートの住民を見かけたことによって、いつもの行動範囲に変化が訪れます。と言うと何か劇的なことが起こるのではないか、と思われそうですが、やはりこの変化も地味なものです。
今まで自分の部屋でひっそりと机に向かって書いていましたが、賞を頂いたことによって、私の書いたものが多くの人に読んでもらえる可能性が生まれました。この変化は大きなものでした。これからも書き続けてもよろしい、と認めてもらえたような気がします。何もなかったように思えた日々は、けっして戻ってくることはありません。私はそんな日々のことを書いて残していきたいのです。
松山市の皆様、審査員の皆様、そしてこれから読んで下さる皆様に深く感謝を申し上げます。
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第11回大賞受賞(同時受賞) 「右手左手、左手右手」ふじくわ綾(ふじくわあや) 定時制高校で始まる新しい人間関係と学校生活。思いがけず見つけた懐かしい顔。青春期の不器用な生き方を描いた作品。「第11回坊っちゃん文学賞」大賞受賞作。電子書籍として2011年11月に刊行。 |
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受賞の言葉
十月に入ってすぐ、最終選考の八名に残ったと知らせを受けました。『右手左手、左手右手』と題名を耳にした時は、自分の作品を読んで評価してくれた人がいたんだという事実に飛び上がるほどの喜びを感じました。
八名に残れたことでもう十分。この際、大賞・佳作のことは考えず、授賞式の出席は思い切り松山観光を楽しもう。そう思い、前日は四国の情報雑誌を手に坊っちゃん列車に乗り、松山城へ登り、道後温泉にゆっくりとつかりました。あぁ、これで満足満足。となるはずが、もし佳作に選ばれたら、もしも大賞をいただけたら…と夢物語が膨らみ、夜はなかなか寝付けませんでした。
受賞式当日、大賞発表で椎名誠さんに名前を呼んでいただいた時は嬉しくて堪らずに舞い上がってしまいました。その後皆さんに何を聞かれ、自分が強張った顔でどう答えたか、はっきりと覚えていません。
その上、毎号欠かさずに愛読している『クウネル』に掲載してもらえるとは。興奮は当分冷めそうにありません。子供の頃から空想に耽るのが好きだった私が物語を書き始め、それが認められたことは自分への大きな励ましとなりました。
語彙も表現力もまだまだ乏しい私ですが、今後も多くのものを見、聞き、学び、感じ、物語を書いていこうと思います。
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第11回大賞受賞(同時受賞) 「なれない」村崎えん(むらさきえん) 就職活動に翻弄されながら、大人と子どもの気持ちの狭間で揺れる。社会に相対し、大人になろうとすればするほど見失いそうになる自分を見つめた作品。「第11回坊っちゃん文学賞」大賞受賞作。電子書籍として2011年11月に刊行。 |
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受賞の言葉
このたびは、『なれない』に素晴らしい賞を与えてくださり、本当にありがとうございます。松山市および審査員の皆様に心から感謝いたします。
この作品の主人公は、就職活動中の女子大生です。私自身は、大学三年生の秋から就職活動をはじめました。右も左もわからず、たくさん恥をかいた一年間でした。しかし同時に、今まで生きてきた中で、これほどまでに自分と向き合った一年間がなかったことも事実です。そういう毎日の中で生まれた心の浮き沈みを、ぶつけるように書くことで自分を元気付け、バランスをとってきました。そんなふうに出来たこの作品を評価していただけたこと、とてもありがたく感じています。
私と同世代の、就職活動をしている人やした人に読んでいただきたいという思いはあります。しかし、就活生の数だけその想いや目標があります。なので、共感してもらいたいとは思っていません。ただ、心が泣き出しそうなときに、友人と愚痴を言い合うような感覚で読んでもらえたら嬉しいな、そんなふうに思っています。
また今後も、周りで起こる全てのことから何かを受け取り、きちんと感謝し、私なりの言葉で書いていくことを続けていきたいと思っています。
最後に、今の私を支えてくれている友人、大学の先生、そして家族に、心からの感謝を込めて。本当にありがとうございました。
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第10回大賞受賞 「タロウの鉗子(かんし)」甘木つゆこ 性的被害を受けトラウマを抱える友人・貴之と、女子大生「タロウ」の微妙な関係──。繊細な生き方を強いられる現代の人間関係を描いた受賞作に、書き下ろし作品「コンビニエンス・ヒーロー」を加え、2008年9月に『はさんではさんで』として単行本発売(マガジンハウスより)。表題作は2011年12月に電子書籍としても刊行。 |
青春ってなんだろう
小説を書き、応募しては落選、ということが二年ほど続いていた。坊っちゃん文学賞はインターネットでたまたま見つけた。知ったのが五月下旬で、〆切は六月三十日。応募してみたいとは思ったが、とても間にあわないだろうと諦めた。その頃、私は別の賞に応募する小説を書いている最中だったのだ。それを書きあげ、世田谷郵便局で投函したのが六月十日。さて三軒茶屋でビールでも飲んで帰ろうと国道246号線沿いを歩いているとき、ふと坊っちゃん文学賞のことを思いだした。青春小説か、意識して書いたことないなあ、などと思っているうちに、鉗子で体の肉をはさむ女の子のストーリーが、するするっと頭の中に浮かんできたのだ。浮かんできたら、どうにも書きたい。そのまま帰宅して書きはじめ、二十日間で脱稿、〆切にぎりぎり間にあった。
それでも応募する際、一瞬、ためらったことを覚えている。勢いまかせで書いたはいいが、ほんとうに青春小説なのかどうか、よくわからないのだ。そもそも青春ってなんだろう。イメージでいうと爽やかな感じ? 若者が溌剌と夢を追ったりする時期? 希望に満ちあふれて?
恋人や友達や家族とまっこうから本音でぶつかりあうような? だとしたら私の小説は規格外だ。でも、そんな型にはまったような青春って、現代でどれだけリアルに存在するのだろう、等々。書いてから逡巡するようなことかと我ながら思うが、あの時、なんだか無性にひっかかったのだ。結局、募集要項にあった「斬新な作風」という部分を信じて踏み切った。
私が書くものには、屈折した人、甘ったれた人、臆病な人たちがよく登場する。書いていて、時にうんざりするほどだ。「おい、こら、ちょっとしっかりしてちょうだいよ」と喝のひとつも入れたくなる。それでも、その人たちが、それぞれのやりかたを駆使して他者と繋がろうとする姿を書きたいと思う。ぶざまでも奮闘する人を書くことで、この閉塞した時代の風通しがすこしでもよくなればいいと思うのだ。
こどもの頃、私は物語や漫画やアニメの登場人物(人ではない場合もあるが)を、現実との境界線などなく近しいものとして慕っていた。三十歳になる今でも、フィクションの世界に親しい相手を見つけて励まされることはしょっちゅうだ。もしも私の書いた小説にでてくる、ちょっと偏ったところのある人たちが、読んでくれた誰かにとって身近な存在になれたなら、もう、それより幸せなことはない。
受賞後、もっとも大きく変化したのは、「ひとりで書いているわけじゃない」と素直に思えるようになったことだ。はじめて一緒に仕事をさせていただいた編集の方、いつも応援してくれる家族や友人や恩師、それから通りすがりにネタをくれるすべての人々と、共に書いていることを忘れずにいようと思う。
第9回大賞受賞
「ゆくとし くるとし」大沼紀子 助産所を営む母に居候を決めこむ見知らぬオカマ。実家に帰省した私を包み込んだのは、そんな彼女たちのくふふふという温かな笑い声だった──。ヘッポコ助産所ではぐくまれる母とオカマと私の物語。受賞作に書き下ろし作品「僕らのパレード」を加えて、2006年11月『ゆくとし くるとし』として単行本化(マガジンハウスより)。表題作は2011年12月に電子書籍としても刊行。 |
やさぐれ青春物語
高校時代に一度だけ、体育館の裏に呼び出され、告白をされたことがある。体育館の裏とはまた甘酸っぱい人だなあと、当時の私は思った。
体育館内では、バスケ部がスリーオンスリー。リズミカルなドリブルの音と、迷いのないかけ声やら、明るい声援やらが聞こえてくる。なんだか遠い音だ。その中に時おりバスケットシューズが床に擦れる音が混じる。キュッキュッというその音は、小さな動物の悲鳴のように聞こえて、私はその音ばかりに親近感を覚えていた。
私を呼び出した男の子は、怒ったような顔で、「好きです」とか「付き合ってください」とか、言っていたような気がする。私はといえば、「はあ」とか「へえ」とか面倒くさそうに答えていたと思う。そして最終的に、「好きじゃないので付き合えません。急いでいるので帰ります。サヨウナラ」と言って、『体育館の裏で告白をされるという青春っぽいエピソード』を強制終了させた。今思い出しても、ちょっとひどい振る舞いだったと思う。もともと人の好意に対し、恐ろしく傲慢に振る舞う人間ではあったけれど、あれはなかった。反省しています。
そしてその告白後、私は大急ぎで家に帰り、母と一緒に車で出かけた。市内をあちこちめぐり、まるでドライブのようだったけれど、その実、それは新居探しだった。その日の朝、母は家を出ようと私に言ったのだ。こんなことになってゴメンね。でも、この家ではもう暮らせない。お母さんと一緒に、家を出よう。新しい家で、二人で一緒に暮らそう。笑顔で母は言ったのだった。ああいう時は、笑うしかない。そのくらいは、当時の私にも解った。前の日の夜、父と母はいろいろあって……。というより結婚当時からずっといろいろあったのだけれど、私という子どもの存在により家族を継続していたのだけれど、その日の前日、そのいろいろが溢れてしまったのだ。それで母は早速、私を連れて新しい部屋を探すことにしたのだった。
母は私に謝っていたが、正直、私はホッとしていた。私はずっとこういう日が来るのを待っていた。『家族』が終わるのを、待っていたのだ――。
青春時代の私は終始そんな感じで、体育館内の迷いのないかけ声や、明るい声援からも遠く、体育館の裏の告白ともそりが合わず、家族の絆からも手を離そうとするやさぐれっぷりだった。現実と折り合いが悪いので、本ばかり読んで逃げていたけれど、そのことによって自分も物語を書いてみたいと願うようになった思考の安直さに嫌気がさして、果てには本すら捨ててしまった。本当に、なかなかどうしてどうしようもなかった。
そんな私が十数年後、青春小説を書いた。書きながら「これが青春って、気は確かか?」と、何度も自分をつっこんだ。そして青春の登竜門『坊っちゃん文学賞』に応募してからは、「あれれで青春はないな」と、応募したことすら忘れてしまっていた。最終審査に残っても、「あの青春で受賞はないな」と、審査員の先生にサインを貰うことだけを楽しみに松山に向かった。それが受賞してしまい、驚きのあまりサインを貰いそびれてしまった。サインのために本を持参したのに、無念でならない。
青春時代は遠のいても、相変わらずな私は、体育館内の迷いのないかけ声、ならびに声援のようなモノとも距離があって、体育館裏の告白の類いともイマイチうまくやれてない。
でも、家族との関係性はちょっと変わった。本にもずいぶん救われている。「ゆくとしくるとし」を書いてみて、そんなことに気づいた。この物語が、やさぐれた誰かに届けば、こんな幸せなことはないと思う。
第7回大賞受賞「卵の緒」瀬尾まいこ 母さんは捨て子の僕を扱うことに慣れている……。まったく新しい家族のあり方を軽やかに描き、著者の鮮烈なデ ビューを印象づけた受賞作は、書き下ろし作品「7's blood」を加えて『卵の緒』として2002年11月単行本化(マガジンハウス刊)。「7's blood」はテレビドラマ化もされ、受賞後に発表した2作目『図書館の神様』も話題となる。表題作「卵の緒」は、2012年1月に電子書籍化。その後の作品に『天国はまだ遠く』(新潮社)『幸福な食卓』 (講談社)『優しい音楽』(双葉社)『温室デイズ』(角川書店)などがある。最新刊は『戸村飯店青春100連発』(理論社)。 ◆ 大賞同時受賞 「富士川」 鬼丸智彦(おにまるともひこ/1947年生まれ) |
第2回大賞受賞「魚のように」中脇初枝 「第2回坊っちゃん文学賞」大賞受賞作。四万十川のほとりを舞台に高校生活のきらめく一瞬と青春の残酷さを描いた作品。93年3月に新潮社より単行本化。のち「花盗人」を加えて河出書房新社より文庫化される。大賞受賞作品「魚のように」は2012年6月に電子書籍として刊行。 |
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