マガジンワールド


From Editors No. 785 フロム エディターズ

From Editors 1

これからは、ひとりでバーに行くのだ。
どうもひとりでバーに行くのが苦手だ。そこにいるときの所在のなさは、なんだろう、髪の毛を切ってもらっているときに、美容師さんが気を使って無理に話をふってくれる、それに苦笑いをして対応しているときの気分と通じるものがある。

ただ、最近、ひとりで飲みに行きたくなることがある。先生と呼ばれるような人と杯を交えた後にその気分に襲われる。彼らが発するコトバは、キラキラ輝いていて、そのすべてをメモに取りたい、という衝動にかられる。と、同時に、そのパワーは周囲にいる人のエネルギーを吸い取る。たった二時間の酒席で、ただ、話を聞いているだけのこちら側が、ヘトヘトになってしまう。アタマとココロの整理が必要だ。

そんなとき、朦朧とした状態のなかでも、すぐに受け入れてくれるバーが、池尻大橋にある。そこで、ラフロイグのソーダ割りを飲みながら、ほっといてもらうことにしている。

巻末のページ打ち合わせのために〈バー・ラジオ〉を訪ねた。数は少なくとも、重みと密度のある尾崎浩司さんの言葉は、四杯のカクテルを飲んでもなお、アタマの中がパンクしそうなほどに火照らされる。

ひとりでは抱えきれない。だから、スタッフとともに、居酒屋に駆け込んだ。〈バー・ラジオ〉のような神がかった場所から、市井の人がワイワイガヤガヤとする町の居酒屋に、だ。むしろ逃げ込んだ、という表現のほうが正しいかもしれない。そして、みんなで、尾崎さんのコトバの検証を、侃々諤々したのだ。

バーは不思議な場所だ。あらためて思う。ココロを落ち着かせてくれる場であり、熱くさせてくれる場。ひとりで行く機会を増やしてみたいと思う。いや、増やす時期なのだ。そして、いつか、きちんと準備ができたならば。〈バー・ラジオ〉で、尾崎さんが話していた、ボクだけのために、異なるボトルをブレンドしたウイスキーをのませてもらいに、再び訪れたい。

 
●杉江宣洋(本誌編集担当)
オールドボトルの聖地でいただいたのは、二十六年をかけて数々のボトルの最後の雫を集めた究極のブレンデッドウイスキー。喉の奥まで、余韻が広がり続け、いまなお蘇ってくる。貴重な経験でありました。
オールドボトルの聖地でいただいたのは、二十六年をかけて数々のボトルの最後の雫を集めた究極のブレンデッドウイスキー。喉の奥まで、余韻が広がり続け、いまなお蘇ってくる。貴重な経験でありました。


 

From Editors 2

シャルトルーズを1杯。3人の修道士を想う。
「私を修道院に連れてって」。

夜の11時、西麻布〈タフィア〉。シャルトルーズへの旅は、彼女のひと言から始まった。“彼女”とはライターの橋本麻里さん。ラムを傍らにシガーを燻らす先輩編集者が小さく笑う。「修道院に何があるんですか?」と私。聞くと、ハーブリキュールのひとつ「シャルトルーズ」は、フランスの山奥にあるグランド・シャルトルーズ修道院に由来するという。製造こそ町の工場が担っているものの、今でも配合するハーブの種類と分量を知っているのは、3人の修道士だけ。神秘的だ。『強い酒、考える酒』には、ぴったりのテーマではないか。

既に意識をフランスへ飛ばしていた私の隣で、橋本さんは続ける。「グランド・シャルトルーズ修道院の内部を撮った『大いなる沈黙へ』というドキュメンタリー映画があるのですが、監督が撮影のオファーを修道院に出して、許可がもらえたのが16年後だそうです」。ますます神秘的である。ただ、さすがに16年は待てないので、敷地外からの撮影と周辺取材を目的にして、フランス観光開発機構をはじめ様々な人たちにご助力を請い、私たちはフランスのシャルトルーズ地方へ足を運んだ。

しかし、撮れた。不可能だと思っていた修道院内部と修道士の姿が撮影できたのだ。修道院に併設する博物館の館長が持つ鍵で、扉をひとつだけ開けてくれた。タイミング良くそこには白いローブに身を包んだ修道士の姿があった。カメラを向けると、彼はとても穏やかに微笑み、建物の中に姿を消した。

グランド・シャルトルーズ修道院では沈黙が美徳とされている。日曜日のおよそ4時間以外は、修道士は言葉を交わさない。もちろん、ハーブの配合のときも黙ったままだろう。彼らは何を考えながら作業をしているのだろうか。あのとき見た修道士のやさしい笑みを見れば、彼らにとって沈黙は苦痛ではないことが分かる。外部から見ればストイックを極める修道院は、修道士にとっては心安らぐ場所なのかも知れない。彼らは、幸せな気持ちで何かを思いながらハーブを調合しているのではないだろうか。そんなことを考えつつシャルトルーズを口に含むと、より一層味わいが深くなった。

彼女を修道院に連れてったら、気がついた。SNSのおかげで何かを発信するのが容易な今、時に秘することも大切だ。自分の中でその“何か”を積み重ねておく。じっくり熟成させた“何か”を強い酒と一緒にひとりで味わうのもいいのではないか、と。

●阿部太一(本誌編集担当)
リヨンからクルマでおよそ1時間かけてグルノーブルの町へ。さらに山道を1時間走り、徒歩で20分ほど。想像していたよりも大きなグランド・シャルトルーズ修道院が現れた。
リヨンからクルマでおよそ1時間かけてグルノーブルの町へ。さらに山道を1時間走り、徒歩で20分ほど。想像していたよりも大きなグランド・シャルトルーズ修道院が現れた。