マガジンワールド


From Editors No. 800 フロム エディターズ

From Editors 1

完成形は、見つからない、見つけない。
家への愛情は、住みながら育てていく。

「うちの子は手がかかって手がかかって」(ニコニコ)。子供のことにせよ、愛犬、愛猫のことにせよ……「手がかかる」というコトバに、悪いイメージはありません。むしろ「愛おしくて、愛おしくて」と聞こえてくるくらいです。

『居住空間学』シリーズ8作目を作るにあたり、過去の号を読み返し、取材した住まい手たちのコトバを思い返していたときに、集約されたのが「手がかかる」でした。そして、今回取材した人々も、やっぱり「手がかかる部屋」に住んでいるんです。

表紙になっている大久保忠浩さん、おおくぼともこさんが住む築80年を超える葉山の家。彼らが入居して最初に行ったことは、建具を外して洗い、梁を磨き柱をサンディング、雨漏りの修理……。

宮田一彦さんが住む築50年の鎌倉の家。購入した時、畳は腐り、床は15cmほど傾いていた。がしかし、建築基準法の接道義務を満たしておらず「再建築不可」。きちんと住むために床をすべて剥がし、上屋をジャッキアップして基礎打ちから始めた。

『愛用品と部屋』で取材した金子修一さんは、神戸の異人館に住む(異人館って買えるんです!)。築100年超。竣工当時のままのドアは、歴代の住人が何度も何度もペンキを塗り直してきた。塗装は厚く、塗りムラもある、そして金子さんはいまもペンキ塗りを続ける。それこそがお金を積んでも絶対に手に入らない建物の歴史という存在感を生む。

古い家と真っ向勝負せず、寄り添いながら暮らすこの3組を筆頭に。部屋からあふれだすほどの民芸品を世界中から蒐集してきた川田順造さんの部屋。70歳を前に、建築家と肩を組み、ときに格闘して作り上げた中原洋さんの家。名作住宅企画「住み継ぐ」の次世代の住人たちも、もちろん。

と、ここまで書いてしまうと、彼らのすごさに、びびっちゃうかもしれませんが、本人たちはいたって涼しい顔で、楽しそうに暮らしています。 お気にいりのコーナーの掃除は欠かさないとか、好きな器を磨き続けるとか、そんなことの延長に居住空間があるんだと思うのです。

 
●杉江宣洋(本誌編集担当)
神戸の異人館に住む金子修一さんの家の中で見つけた『伝統的建造物』の証。購入には、外観を当時のままキープするなど、いくつかの条件があるという。赤茶色の鎧戸、扉の上にすえられたステンドグラス……、100年以上まえのものがいまも美しく保たれているのは、金子さんの日々のメンテナンスのおかげだ。
神戸の異人館に住む金子修一さんの家の中で見つけた『伝統的建造物』の証。購入には、外観を当時のままキープするなど、いくつかの条件があるという。赤茶色の鎧戸、扉の上にすえられたステンドグラス……、100年以上まえのものがいまも美しく保たれているのは、金子さんの日々のメンテナンスのおかげだ。



From Editors 2

願い叶って
「そのとき」が来た!

いつか必ず訪ねたい。そう願い続けている家があります。いくら願っても、ひとさまの家なのだから、カフェや美術館のように勝手に訪ねるわけにはいきません。ましてや、取材して雑誌に載せたい、となると、そういう時機じゃなかったり、状況じゃなかったり。願い叶って紹介できれば、かなりの幸運、もし叶わずでも、いつか、そのときが来るまで、心の中で憧れを温め続けているような、そんな家がいくつもあります。

人類学者・川田順造さんのご自宅もそのひとつでした。最初に取材を申し込んだのは、2011年のこと。今回4年越しの夢が叶っての訪問となりました。西アフリカ・モシ族の研究でも知られる川田先生が現地から持ち帰ったアフリカ民具の数々をはじめ、壁の絵画、窓台の土器、居住空間に置かれたどの物からも、長年取り組んできた研究への情熱や密度が伝わってきて、感動しきり、写真からもきっと、その密度を感じとってもらえることと思います。

恒例企画「住み継ぐ。」で紹介している2軒も、まさに、いつか必ず、と憧れ続けてきた家でした。建築家の林昌二・林雅子夫妻が建てた〈私たちの家〉と、坂本一成氏設計の〈代田の町家〉です。実は、〈私たちの家〉も一度は願い叶わず、フラれています。それでも、やっぱり、どうしても!と、現・所有者の建築家、安田幸一さんと時機を見計らい、結果、発行日よりも半年近く前に撮影をすることとなりました。緑残る初秋の庭もふくめ、名作住宅として名高いこの家の、幸せな「今」をご覧いただけたらと思います。

 こうやって1軒1軒振り返っていくと切りがないのですが、それにしても、本当に、どの家も、願い叶って紹介できることが奇跡のような家ばかり。魅力的な住み手たちが織り成す、魅力的な居住空間。その日々日常の姿を、ぜひのぞき見てください。

 
●岡野 民(本誌担当ライター)
1976年竣工の〈代田の町家〉。建て壊しの危機にあると聞いてから無事に住み継がれ、訪問が叶うまで約3年、まさに「そのとき」を待ち続けた家のひとつ。かつて「早すぎた名住宅」と言われた家は、40年近く経った今もなお新鮮で、ノルウェー人の美術家とその家族の生活にもフィットしている。
1976年竣工の〈代田の町家〉。建て壊しの危機にあると聞いてから無事に住み継がれ、訪問が叶うまで約3年、まさに「そのとき」を待ち続けた家のひとつ。かつて「早すぎた名住宅」と言われた家は、40年近く経った今もなお新鮮で、ノルウェー人の美術家とその家族の生活にもフィットしている。