マガジンワールド

From Editors No. 838 フロム エディターズ

From Editors 1

不安な時代に良い読書。

日本で最も危険な作家は筒井康隆だということは論を待たないところとなっておりますが祈願叶ってインタビューをできたのは僥倖、しかしその顛末が大変なことになってしまったというのは本誌を読んで確認して頂くとして、大作家曰く最近はフィクションより現実の方が面白くなってきたとのこと。世界が思わぬ方へ舵をきったいま人は読書に何を求めるのか。

数年前に演劇関係の古書を多く取り扱う神保町の矢口書店にて滝本誠さんの処女評論「映画の乳首、絵画の腓(こむら)」を発掘し氏の小誌連載(「cafe noir」)を担当していることもあって取り寄せたのですがこれがタイトルに偽りなく、はたして異常な本でした。滝本さんはとりわけ狂気やインモラルをはらむ危険なアーティストや作品を取り上げ、映画、芸術、文芸、音楽といったジャンルを縦横無尽に飛び越えてはそれらの題材をあいまいな記憶でつなぎとめたかのような魔術的な原稿が魅力となっております。「映画の乳首〜」に描かれたほの暗さや淫靡めいた異常世界を後ろめたい気分で読みながら思ったものです、本はこうでなきゃ。

本を読む楽しみは未知との遭遇にあります。日常では出会わない叶わない出来事、映像では表現しえないもの、ネットでは見つからない物語、出会う必要すらない世界をわざわざ教えてくれる、または知る面白さです。今回の特集では「世の中にはこんな本があるのか」「こんな表現ができるのか」という活字表現の豊かさ、秘めた力にまず驚いてもらいたいというのがひとつ。もうひとつは本の読み方ですね。「危険な読書」とは何もエログロナンセンスだとか内容が過激であるかどうかは関係ないのかもしれない。詩人の吉増剛造さんは取材でこんなことを言っていました。「人は自分の中の”怪物”に出会うために読書をする」。これはまさに慧眼でどんな悪徳の書であれ毒にすらならないこともある、読み方によってはどんな本でも「危険な読書」になりえるというわけです。

これまで当たり前と思い込んできた価値観が次々と崩れ去るいま、もはや流行りの本をいち早く読んだとか読書の数を誇るのではなく、たとえ一冊でも心に深く突き刺さるような、”常識”が180度ひっくり返るような読書をしたい。「危険な読書」とは読了後には世界が違って見える、下手をすると人生すら変えちゃうかもしれない、そんな本に出会うための危険な指南書であります。

 
●︎︎町田雄二(本誌担当編集)
滝本誠さんはブルータスのOBであります。定年後は映画まわりの執筆活動が多くたまに試写会で銀座に出てきた際は一緒に蕎麦などを手繰りながらわかるようなわからぬような話をしては帰っていきます。特集「危険な読書」では「10代で読みたい異常本」をテーマに50年来の友人でもある荒俣宏さんと対談して頂きました。



From Editors 2

読書で過ごす素敵な年末年始のために。

パッと並んでパッと消える、雑誌とは言わば「一夜(号)限り」の“ワンナイト・スタンド”であるからして、そのお相手は安心・安全なカレよりもちょっと危険なオトコがいいワ、てなもんです。クソ面白くもない年末年始のルーチン行事に明け暮れる貴殿の凡庸な暮らしに上質の刺激を提供する恒例の本特集を……なんて軽口をうっかり滑りこませようものなら即“炎上”の世知辛い世の中ですが、そんな時代に『荒唐無稽音楽事典』なる一冊の私家本がアンダーグラウンドの話題をさらい、2014年の初版発行以来はや改訂6版を重ねているというのが実に痛快な話なのです。古今東西の音楽にまつわる用語・人名など1600項目にわたり、スパイシーなユーモアをこれでもかと詰め込んで解説した、ブラック&マニアックなパロディ事典。洒落を解さぬ野暮天お断り、この謎に包まれた(?)21世紀の“奇書”成立の経緯を探るべく、著者・高木壮太氏への直撃インタビューを敢行しました。その詳細は本誌特集で。

また、危険なオトコ、と言ってもかなり「アブない男」かもしれませんが、一見普通、しかし心の内に狂気を秘めたサイコな野郎が、美しくて腹黒い「危険な女」にハマり、陰惨な犯罪を起こして破滅へと向かっていく姿をチープなペーパーバックに書き飛ばし続けたカルトなノワール作家といえば、ジム・トンプスン。キューブリックからペキンパー、ウィンターボトム、果ては近作『コップ・カー』で知られる新鋭監督ジョン・ワッツまで多くの映画人に愛されたそのヤバ過ぎるダーク&アンモラルな世界を、荒俣宏さんとの対談にも登場した「危険なオヤジ」滝本誠さんが語るエッセイも収録。一年の疲れを癒やし希望に満ちた新年を迎えるのに最適……ではありません、悪しからず。

トンプスン作品の主人公じゃありませんが、もっとも危険なヤツは一見、人畜無害な外面に包まれているものです。1980年代にテレビ放映されたNHKの子供向け人形劇『ひげよさらば』はトボけた味わいのユーモラスな猫たちが繰り広げる楽しい活劇ですが、その原作である上野瞭の小説『ひげよ、さらば』は、児童文学界の“極北”に燦然と輝くとんでもないハードボイルド・ビルドゥングスロマン。支配・被支配をかけた動物同士の血生臭い抗争の中で起こる、駆け引きと裏切り、葛藤と失望、死……そのディープかつスピリチュアルな語り口に「これ、マジで子供向けっスか?」と目をこすることしきり。その魅力の一端は本誌特集で紹介したものの、児童文学の歴史に強烈な爪痕を残した「危険過ぎる」ラストシーンは、この800ページ超(!)の大作を読み終えた人にしか味わえません。年末年始の長過ぎる休暇に、本誌とともにじっくりとどうぞ。

 
●井出幸亮(本誌担当ライター)
人形劇ドラマ『ひげよさらば』のパペットたちとにこやかな表情で収まる上野瞭。原作からは改変されているものの、犬の群れやネズミたちと縄張り争いを繰り広げる過激なプロットに当時の子どもたちは心躍らせた。


 
ブルータス No. 838

危険な読書

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ブルータス No. 838 —『危険な読書』

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