マガジンワールド

15人のレジェンド年表。 Special Contents BRUTUS No.849

Special Contents 15人のレジェンド年表。

あの時代、あの瞬間、人生のセンパイ達は何を考え、どう行動していたのか? 15人のレジェンドたちが生きた激動の人生、その軌道を年表にしました。ここでは、その中から、4人を紹介します。

LEGEND 2
谷川俊太郎
谷川俊太郎
詩人
1931年、東京都杉並区生まれ。
 
1945
(終戦。)
1948
高校在学中に、詩の創作や発表を始める。
1950
高校卒業。文芸誌『文學界』に「ネロ他五篇」が掲載され、詩人としてデビュー。
1952
初の詩集『二十億光年の孤独』を刊行。以降、詩と並行して作詞や脚本、エッセイの執筆、評論活動を始める。
image
1958
石原慎太郎や寺山修司ほか若手文化人と〈若い日本の会〉を結成し、60年安保に反対を表明。
1962
「月火水木金土日のうた」で日本レコード大賞作詞賞を受賞。
1963
アニメ『鉄腕アトム』の作詞を担当。
1964
(東京オリンピック/東海道新幹線開通。)
1964
映画の脚本を書き始める。翌年に公開された『東京オリンピック』や『股旅』(1973年)、『火の鳥』(1978年)など、市川崑作品の脚本を多く手がける。
1967
初の訳書『あしながおじさん』刊行。
1969
レオ・レオニの『スイミー』を翻訳。
1975
『マザー・グースのうた』で日本翻訳文化賞受賞。
image
1983
『日々の地図』で読売文学賞受賞。
1986
(バブル景気スタート。)
1993
『世間知ラズ』で萩原朔太郎賞受賞。
2010
『トロムソコラージュ』で鮎川信夫賞受賞。
2011
携帯アプリ「谷川」リリース。
2014
ドキュメンタリー映画『谷川さん、詩をひとつ作ってください。』に出演。
LEGEND 8
仲條正義
仲條正義
グラフィックデザイナー
1933年、東京都新宿区生まれ。
 
1944
千葉の飯岡町(現・旭市)に疎開する。
1945
(終戦。)
1946
中学校入学から美術部に入部し絵を描き始める。『みづゑ』や『アトリエ』といった美術雑誌をはじめ雑誌画集や美術全集に興味を持つ。
1952
東京藝術大学美術学部図案科(現・デザイン科)入学。
image
1956
大学卒業後、資生堂宣伝部に入社。パッケージデザインを手がける。デザイナーの福田繁雄や江島任と日本橋の丸善画廊で3人展を開催、話題を呼ぶ。
1959
資生堂退社。河野鷹思が立ち上げたデザイン事務所〈デスカ〉に福田繁雄や江島任などとともに参加。
1960
〈デスカ〉退社、フリーランスになる。実家を拠点に仕事をするように。
1960
〈仲條デザイン事務所〉を設立。
1964
(東京オリンピック/東海道新幹線開通。)
1968
資生堂のPR誌『花椿』(〜2011年)のアートディレクションを手がける。
1972
『花椿』のアートディレクションでADC賞受賞。
image
1985
複合文化施設〈スパイラル〉のCIを手がける。
1986
(バブル景気スタート。)
1990
資生堂パーラーのロゴとパッケージデザインを手がける。
2001
東京銀座資生堂ビルのロゴとサインを手がける。
2015
資生堂パーラーの25年ぶりのリニューアルデザインを手がける。


LEGEND 9
田原総一朗
田原総一朗
ジャーナリスト
1934年、滋賀県彦根市生まれ。
 
1945
(終戦。)
1945
小学校5年生の夏休みに終戦を迎える。このときに大人やメディアから習ってきた価値観が180度ひっくり返ったことに対し疑問を感じる。
1953
高校卒業後、作家を目指して東京へ。日本交通公社(現・JTB)で働きながら早稲田大学第二文学部入学。
image
1956
同世代の石原慎太郎や大江健三郎の作品を読み作家を目指すことを断念、ジャーナリスト志望に。第二文学部中退。早稲田大学第一文学部に再入学。
1960
大学卒業後、岩波映画製作所に入社し、撮影助手になる。
1964
(東京オリンピック/東海道新幹線開通。)
1964
東京12チャンネル(現・テレビ東京)開局とともに入社、ドキュメンタリー番組制作を始める。
1969
『ドキュメンタリー青春』などのドキュメンタリーを手がける。
1971
映画『あらかじめ失われた恋人たちよ』で初監督を務める。
1975
日本ジャーナリストクラブを立ち上げる。
1977
東京12チャンネルを退社。フリージャーナリストに。
image
1986
(バブル景気スタート。)
1987
『朝まで生テレビ!』放送開始。
1989
『サンデープロジェクト』(〜2010年)放送開始。
1998
テレビジャーナリズムの追求に対して、放送批評懇談会35周年記念城戸又一賞受賞。
2010
BS朝日『激論!クロスファイア』放送開始。
LEGEND 11
湯川れい子
湯川れい子
音楽評論家
1936年、東京都目黒区生まれ。
 
1944
山形県米沢市に疎開する。
1945
(終戦。)
1947
東京に戻る。翌年、鴎友学園女子中学入学。
1953
現代俳優協会の研究生として、舞台『未亡人』で女優デビュー。以降、映画やテレビ番組にも出演。同時期に、有楽町のジャズ喫茶〈コンボ〉に通い音楽に触れる。
image
1956
エルヴィス・プレスリーの音楽と出会う。
1959
ジャズ専門誌『スイングジャーナル』への投稿をきっかけに、翌年ジャズ評論家としてデビュー。以降、ラジオDJ、作詞家、翻訳家としての活動を開始。
1964
(東京オリンピック/東海道新幹線開通。)
1965
作詞を担当したエミー・ジャクソン「涙の太陽」が70万枚超えの大ヒット。
1966
来日公演で訪れたビートルズと対面を果たす。
1971
エルヴィス・プレスリーと初対面。以来親交を結び、1973年の結婚の際にはプレスリーが結婚証明書の証人になる。
1972
ラジオ関東(現・ラジオ日本)『全米TOP40』(〜1986年)DJに。
image
1980
シャネルズの「ランナウェイ」の作詞を担当。
1984
アン・ルイス「六本木心中」の作詞を担当。
1986
(バブル景気スタート。)
2000
コーラスグループ〈スワンシスターズ〉を鳩山幸や細川佳代子らと結成。
2005
国連WFP協会の顧問に就任。


ブルータス No. 849

真似のできない人生訓。

650円 — 2017.06.15電子版あり
試し読み購入定期購読 (20%OFF)
ブルータス No. 849 —『真似のできない人生訓。』

紙版

定期購読/バックナンバー

デジタル版

詳しい購入方法は、各書店のサイトにてご確認ください。書店によって、この本を扱っていない場合があります。ご了承ください。