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From Editors 編集部こぼれ話

伝統芸能に見る日本人が守ってきたカラダの知恵。

日本舞踊や能などを専門に演じる方も、趣味として稽古をする方も、みなさん高齢でもしっかり踊ったり動いたりするのはすごいなあと舞台を観るたびに思っていました。伝統芸能の動きによってインナーマッスルが鍛えられるからとは言われていますが、「型」として習い、動きも流れるようなものなので、どの動作がどこの筋肉に作用するのかを分析して論じるのは難しいという印象もいっぽうではあります。

今回、着物、履物、伝統芸能、彫刻美術、武芸、茶道、居住空間といったさまざまな角度から日本古来の身体技法を見つめてきた文化史家の矢田部英正(やたべ・ひでまさ)さんのナビゲートで、日本舞踊をエクササイズ化したNOSSの現場と、女性も含めて幅広い年代層が習っているという能楽の稽古場を訪ねました。

NOSS(NIHON ODORI SPORTS SCIENCE)とは、日本舞踊家の西川右近(にしかわ・うこん)さんが自らの病後のリハビリ体験から発案、中京大学の研究室のサポートを得て体系化したエクササイズ。西川流は名古屋が本拠地ですが現家元の西川千雅(にしかわ・かずまさ)さんがちょうど東京で稽古をつけられているというのでさっそく話を聞きに行きました。このときはNOSSではなく日本舞踊の稽古を見学したのですが、間近に見ると稽古場のみなさんの身体の動きが実年齢以上にしっかりしているのにびっくり!とくに大幹部の西川鯉之祐(にしかわ・こいのすけ)さんは、芸歴60年の大ベテランながら背筋はピンと伸び、正座から立ち上がって指導に赴くときの身のこなしの素早さには目を見張るばかりでした。

「踊りの稽古は見て真似して何となく習うという感じですよね。でも動作分析していくと非常に複雑な動きをしていることがわかります。各関節が同時に連動、いろんな角度で重力分散し、てこの原理もあって効率よく身体を動かします。研究すると複雑でたいへん。でも、踊りの面白い所は江戸時代のふだんの動作が入っていして、お酒を飲んで食べる、ちょっと声をかける 手をとる。たとえばおばあちゃんたちが自然とするような動きなんです。そこから始まっているのがNOSSの強い部分だと思いますよ」と西川千雅さん。

いっぽう能となると、ちょっと専門性が高くなる感じもしますが、現在は女性で習う方も多いと矢田部さん。そこで東京・東中野の梅若能楽学院会館で梅若長左衛門(うめわか・ちょうざえもん)さんが指導する稽古を見学。息の長い芸事として習う方々の話を伺うことができましたが、能舞台をいろんな角度から見られたことも得難い体験でした。揚幕から本舞台へとつながる長い廊下部分、橋掛かりを裏から見るのも初めての体験。橋掛かりには、微妙な傾斜がつけられていて、観客から見て遠近感が強く感じられるように設計されているとか。能では、あの世とこの世を結ぶ道とも捉えられていてまさに幽玄の世界。

矢田部さんによると能の舞で最高にほめるときに「冷えに冷えたり」というそうです。それってクールってことですか? クールジャパンというのが中世からあったということに目から鱗の思いでした。

「日本は国内での戦はあったけれど、外から侵略されるような戦争が少ない国。だからこそ、以心伝心、型で継承される熟成の文化が残ってきました。平和であるがゆえに保たれる繊細な文化。いいものが残っているのはありがたいことです」という矢田部さんの言葉が最後に胸に沁みました。カラダを入り口に伝統文化の深さや、平和の大切さを垣間見ることもできた今回の取材、今後さらに深めていけたらと思いました。そのためには、正座ぐらいはちゃんとできないといけませんよね(汗)

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梅若能楽学院の能舞台で「砧」の稽古をつける梅若さん。衣裳をつけるところから見学させてもらいました。キャリアの長いお弟子さんで70代の婦人。衣裳をつけて面をつけると回りの空気まで変わるほどですから、ご本人の気持ちのあり方は次元を超えているのかもしれませんね。心の持ちようで身体も変わる、そこに芸の真髄があるようでした。
(編集KT)