キャンドルジュン ≫ 1994年よりキャンドルの制作を開始。97年のエキシビションを皮切りに、ファッションブランドのイベントやショー 、FUJI ROCK FESTIVALなどの野外フェスなどの空間演出を手掛ける。『キャンドル・オデッセイ』で訪れた地は広島、長崎、中国チチハル、NYのグラウンドゼロなど。また、東日本大 震災を受けて「LOVE FOR NIPPON」活動中。www.lfn.jp
女優やミュージシャン、デザイナーなどが「スターター」となってそれぞれの領域で活動する「LOVE FOR NIPPON」。キックオフイベントのひとつとして、3月末にはラフォーレ原宿でチャリティフリーマーケットが開催された。
2001年広島で平和の火を灯して以降続けている、悲しみや争いのあった地でキャンドルを灯す『キャンドル・オデッセイ』。07年には新潟県中越沖地震の被災地である新潟でも火を灯した。
ギンザ7月号でお届けしたキャンドルジュンインタビュー”LIGHT A CANDLE”、いかがでしたか? キャンドルジュンという人がどういう人なのか、何を考えている人なのか、読む前よりも少しだけでも理解してもらえたのなら幸いです。
でも実は、あのインタビュー記事は彼が語ってくれた話のほんの、ほんの、ダイジェスト。まぁ、雑誌の記事というのはそういうものなのですが、何しろ2時間も話してくれたのです。これはあまりにもったいないと思い、ここにロングヴァージョンを掲載することにしました。題して、「明日に向かってーーキャンドル・ジュンの提言」。3.11以降、〈LOVE FOR NIPPON〉プロジェクトを立ち上げ、精力的に救援活動をするキャンドル・ジュンさんからのさまざまな提言をまとめてあります。
キャンドルジュンさんは、1994年にキャンドル制作を始めました。その後、自らのエキシビジョンを開催する他、大小さまざまなチャリティイベント、Fuji Rock Festivalをはじめとする音楽フェス、Ben HarperやNeil Youngらのライブステージなどでキャンドル・デコレーションや空間演出を手掛けています。それと並行して2001年より、争いのあった地にキャンドルを灯す「Candle Odyssey」をスタート、広島を皮切りに、長崎、グラウンドゼロ、アフガニスタンなどで平和の火を灯してきました。09年にはその活動をまとめた著作『Candle Odyssey - the book』を発表しています。また、青森県六カ所村の核燃料再処理事業をテーマとしたフリーペーパー『6(シックス)ペーパー』を発行するなど、脱原発を目指した活動も長年続けています。
ーー3.11以降、ジュンさんはさまざまな活動をされていますが、一貫して誰も非難しないという姿勢を守っていますね。
キャンドルジュン 誰のせいだと言い募ることは無駄だと思ってしまうんです。起きてしまった以上、僕はこの危機を乗り越えていくために必要なことだけをしたい。それは今回のことに限らず、自分が基本にしている姿勢です。起きてしまったことへの非難や怒りは何も生みません。そうではなくて、その先のことを考えたい。
自分はもともと原発反対だけれども、原発反対派の人たちのやり方は自分とは違うと思ってきた、自分ならもっと無駄なくやれるはずだと思ってやってきたわけです。でも、こういう事態になってしまった今思うことは、もっと本気でやっていればこうなる前に止められたんじゃないか、ということ。その可能性があると思えばこそやってきたことだけれど、間に合わなかった。これは自分のミスです。だから自分を責める気持ちしかない。それにもし今「ほら言ったとおりだろ」と言っていたところで、「そうね、ジュンくんの言ったとおりだったね」って言われるだけですから、それは何の意味もないと思うわけです。
ですから、ここから先どうアクションできるかを考えたい。でも自分の反省として、スピード感が圧倒的に間違っていたというのがあるので、今はメディアにも出るし、必要なら言葉でも伝えていく。ただ話をするのなら、言葉に魂を載せなければダメだと。そのためにはちゃんとアクションをしていくことが何よりも大切だと思っています。そのアクションがあれば、どこかに呼ばれて話をするときにも自分の魂をきちんと載せられるし、被災地の魂だって載せられるはずですから。
あえて言うなら、原発に対しても「今までお疲れさま、今までありがとう」というスタンス、電力会社に対しても同じ。で「がんばってこの危機を止めてください」なんです。やはり止めようとしたら、プロフェッショナルの力が必要ですから。 そして、エネルギーシフトを考えるときにも彼らの知識は必要なんです。電力会社抜きにしては成り立たない。電力会社もメーカーも研究者も地方自治体も交えて、具体的に次のステップに向かうかをやって行くことが必要なことだと思っています。ただそこには、ちゃんと道筋をつける人がいなくちゃいけない。自分としては、それぞれのをマッチングさせる復興アイディアのドラフト会議のような場を場を作れればと思っています。
ーー3.11以降、自分の中で変化したことはありますか?
キャンドルジュン 基本的には変わってないと思います。ただ、自分は常に人間として進化していたいと考えるので、まず自分自身のマインドを変える努力をしようと考えています。あえて言えば、放射能と共存していく道を考えることだってしたいと思っています。
これまで世界では、すでにたくさんの核実験が行われてきたわけですから、今回の事故がなかったとしても、原子力が生まれる前と比べると、地球上の放射能の量は間違いなく増えていたわけです。自分はそういう環境の中で生きてきたじゃないかと思う。
ですから、毒を吸わないようにしようではなく、たとえ放射能を摂取してしまったとしても、それを毒や害として認識するのではなく、放射能をこの地球で生きていくためには共存していかなければならない物質であると考えたい。自分の生というものを活発にすることで、放射能とさえ共存できるようになるのではと思っています。
また吸ってしまったとしても、自分が毒を体内に蓄積させることで浄化の一助にはならないか、とも考えています。これは『風の谷のナウシカ』の苦海の胞子が浄化するという物語と同じような考え方なんですけどね。土壌汚染をひまわりや菜の花で浄化するという話があるけれども、ひまわりや菜の花だって生命なんです。彼らが身を挺して浄化をしてくれると考えたときに、自分でも浄化作用できるんじゃないかと思う。人間は確実に進化しています。ですから、この進化だってできないとは限らない。
ただもちろん、人にこう考えたほうがいいよとは、決して言えない。これは、自分としてはこう考えたいという話です。
ーーそういう考え方はどこからやってくるのですか? 例えば守るべき対象があるからとか?
キャンドルジュン 守るべき存在のことはあまり考えてないですね。たしかに家族は大事です。でも、血で分けたくないんです。むしろ自分はスタッフのことを家族だと思っていたいし、血で繋がっている者は本能的に繋がっているはずじゃないですか。それをあえて声高に言うのはおかしいと思うんです、むしろそのことによって争い事が増えてているんじゃないか。それは宗教だったり血の部分だったりね。人類がそういう争いを続けてきたのは、人類の歴史を見れば一目瞭然なんですよ。それを繰り返すことはやはり無駄だと思うんです。だから「もう止めようよ」って。
人間は学習して進歩することができる生き物です。でもこと戦争に対してだけは、「歴史が物語っているでしょ、だから繰り返すんですよ」になっちゃう。それはどう考えてもおかしい。人間は終わりにできないはずがないんです。
ただ、争い事や災害は世界中で起きていますが、残念ながら自分がその全部を引き受けることは出来ない。自分がどこに暮らし、誰を大切にしているかというリアリティを忘れてはいけないと思う。自分の知らないところで起きている不幸な出来事に対して「自分はそれを情報でしか知らない、実際に知ってるわけではありません」と言える勇気を持たなければダメだと思います。自分の持っている時間は限られていますから。
むしろ大事なのは1点に集中することだと思います。その1点に全力を傾けること。そうすることで、悲しみを歓びに変えることができたなら、そのやり方をみんな真似してくださいと言えばいい。
ーーこんな状況の中でもすごくポジティヴな考え方ですね。
キャンドルジュン 自分は、「反対」という言葉がもたらすものはアレルギーでしかないと学習してきましたから。極端に言えば、反対を声高にアピールすることは自己満足やエゴでしかないんです。ひとりひとりが戦争を終わりにする、原発を止めると考えないと、何ごとも実現できないと思うから。今の時代、情報はいくらでもありますから、何かのせいにすることはすごく簡単ですけれど、そうしているうちは何も変わらないと思うんです。
戦争の話をもう少し続けると、原題の最先端の戦争の形はテロです。テロを仕掛ける側にとっては、実行してしまえば勝ちなんですよ。ニューヨークにボンッ、で、もう勝ちなんです。無差別テロを阻止することなんて、どんなに軍事力を上げたところで無理です。じゃあどうするか。軍事力を放棄するしかないんです。そしてそれをできるのは、やはり日本が一番可能性が高いと思っています。
それは、これまで自分が長崎や広島でキャンドルを灯してきて、自分が学んだことです。自分がもう一度、広島や長崎でキャンドルを灯すときは、お祭りにしなきゃいけないと思うんです。「あなたたち犠牲者のおかげで、今の世界はこんなに平和になりましたよ」って報告して、「安心してくださいね」と言えなくちゃいけないと思う。犠牲者にちゃんと「ありがとう」を言う日にしなくちゃいけない。「あれがきっかけで世界から核がなくなったよ、戦争がなくなったよ、ありがとう」ってね。世界中からそのありがとうを言うために人が集まってくれば、それは祝祭でしょう。そういうことが、悲しみを歓びに変えるということだと思っています。
そしてそれを実現するためには、やはり核爆発を利用している原発が邪魔なんですよ。だから自分は止めたいと思ってきたけれど、間に合わなくて、こういう悲しい事故が起きてしまった。でも、今回の事故もまた原爆と同じように、「この事故がきっかけで核がなくなったよ」と言えるようにしなくちゃいけないんです。
ーージュンさんはアクションを起こそうとよく言っていますが、では具体的に何をしたらいいのでしょう?
キャンドルジュン 今、何をしたらいいのかわからない人、そんな東京の人もまた被災者だと思うんです。被災者ってどこからが被災者なのかってはっきりしていないでしょ? 東京での暮らしだって、3.11の前と後では間違いなく変わってしまった。少なくとも、不安は増大しています。ですから、何をしたらいいのかわからなくなっている人もまた、被災者なんですよ。
でも、例えば津波被害のところに行って救援活動をしていると、津波被害こそ受けてないけれど、酷い震災被害を受けた栗原という町の若者が手伝いに来てくれたりする。彼らも立派な被災者です。でも彼らは「津波の被害にあったところはすごく大変そうだから」と言って、手伝いに来てくれる。そういう点では、考え方がシンプルなんです。食べ物も飲み物も財産も、何もかもなくなってしまったわけだから、彼らは食べ物をもらえばありがとう、着る物をもらえばありがとう、なんです。人間的なコミュニケーションがすごく正常な状態になっている。
逆に東京にいて垂れ流される情報に身をさらしている人たちは、人間的な道さえ見失ってしまっている。情報を仕入れるよりも、身近な信頼できる誰か一人と話をして、被災地の救援活動に参加することをオススメします。そして被災地でも誰かと出会って話をしてみればいいと思います。
被災地に行ったほとんどの人は、これはどうしようもないということを味わって帰ってくるんですけれど、どうしようもないことがわかっただけで、自分の中のリアリティはすごく大きくなる。そして今の日本を生きている人になるんです。つまり、今の日本に生きていることがわからなくなっているならば、今もっともわかりやすい場所に行ってみるのがいいんじゃないか。そこが被災地だと思うんです。そこで起きていることが原因で、東京は今、こうなっているわけですから。
ーーなるほど。被災地に行くことで自分の足もとが見えることもあるわけですね。
キャンドルジュン 付け加えるなら、被災地にあまり長く居続けないでほしいんです。救援活動を続けるためにも、一度自分の生活している場所に戻って、また行ってほしい。行き来することは一見無駄に思えるかもしれないけれど、居続けると悲惨な現実を見過ぎて、ヒートアップしてしまうんです。何でみんな助けにこないんだ、になっちゃう。そういう心持ちで帰ってくると、東京が悪に見えてしまう。でも現地の状況を見て大して役にも立てずに帰ってきたら、次はどうしたらもっと役に立つんだろうと考えることができる。そう考えたら、人は自分の得意なことで何かやろうとするはずなんです。
今、LOVE FOR JAPANのメンバーもけっこう炊き出しとかで行っています。でも、できることなら彼らにもプロフェッショナルとして行ってほしいんです。仕事を休んでボランティアに行くという図式ではなくて、被災地に仕事をしに行ってほしい。少なくとも自分は仕事をしているつもりです。ボランティアにしてしまうと非日常の状態で行ってしまうので、なかなか長続きしきない。これはとても難しいことだけれども、自分の本来の仕事において現場に落とし込むことがベストなんです。
自分がLOVE FOR NIPPONを始めたのはそういうことなんです。いろいろな業種の人が参加することで、LOVE FOR NIPPONに生活がある世界ができるわけです。その世界をまるごと持って、被災地に届けたい。被災地は生活のある世界が崩壊してしまっているわけですから。
ーーこれから先、どのようにして生きていくべきなのでしょう?
キャンドルジュン 今、大事なことは、ひとりひとりが将来のヴィジョンを持つことだと思います。これからは、誰かがシュプレヒコールを上げてそれについて行くのではなく、すべての人たちが、誰かのせいにしたり諦めたりせずに、ちゃんと未来に対するポジティヴなヴィジョンを持って、それを互いに共有しあって実現していく。そういうスタイルが今、求められているんだと思います。
ただ、自分ひとりでできることには限界があります。昨日もトークの場で、ほとんど偶然に近い形で岩上安身さんと出会ったんですが、しかるべき人との出会いがすごく大切になってくる。そういう時が来ているということだと思います。ネイティヴアメリカン的に言えば、正しい時と正しい場所。自分のヴィジョンがより明確になればなるほど、出会いが生まれてくると思います。当たり前のことですが、ひとりひとりが諦めずに、何をできるかを真剣に考えて、それを始めること。それが一番大切なことなんだと思います。
*本誌P.21インタビューもごらんください!