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第23回 父の日に。


コロポックルの小屋

koropokkur

クウネル編集部の塚越です。人より多少サイズが小さいため、コロポックル系に属しています。目線も若干低いので、世界が広く見えて仕方ありません。ここでは、そんな重心低めな目線で見た毎日をお伝えしたいと思います。

 

第23回
父の日に。

昭和1ケタ生まれの父の口癖は、
「しっかりやれ」。
朝起きて着替えるときにも口にするし、
庭木に水をやっているときにも聞こえてくる。
誰に向かって言うでもなく、
本人はまったく無意識のようですが、
けれどはっきりした口調で言うのです。

こどもの頃から聞き慣れていたので
とりわけ不思議にも思わなかったのですが、
先日、実家に帰ったときのこと。
空はすっきり晴れ渡り、木々の緑は鮮やかで、
いわゆるひとつの散歩日和。
両親を誘って出かけると、私の前を行く父が、
山に向かって「ヤッホー!」とでも言うかのように、
「しっかりやれ〜〜〜〜〜い!」と、
腕をブンブン振りながら吠えたのです。

あまりに唐突だったので、
「ねえねえ、お父さんのそれ、なに?
いつも言ってるよね、しっかりやれーって」。
そう聞いてみると、父はハッとしたような顔をして、
それからちょっと恥ずかしそうに、
「お、これな。親父の口癖だったんだよ。うつっちゃったな」
と教えてくれたのでした。

祖父は父の郷里、山梨で仕立て屋さんを営んでおりました。
足袋も縫える職人さんだったそうです。
父もまた、子供服のドレスをつくる職人でした。
小さな小さな縫製工場を母とふたりで営んでおりました。

ふたりとも、小さいながらも一国一城の主。
そう言えば聞こえはいいけれど、その仕事は孤独です。
がんばったところで誰が褒めてくれるわけでもないし、
誰に愚痴をこぼせるわけでもない。

仕事を代わってくれる人もいなければ、叱ってくれる人もいない。
いくらだって自分を甘やかすこともできるだろうけれど、
その責任を負うのも自分しかいないのです。
「だから親父も、仕事をしながら自分に言い聞かせていたんじゃないかなあ。
しっかりやれー、しっかりやれーって」。

祖父が仕事場でつぶやくそれは、いつしか働く父の口癖になりました。
仕事を引退した今では、のんきな場面で発せられることの多いこの口癖ですが、
その由来を知って、ぎゅーっと胸を締めつけられる思いでした。

祖父のように、父のように、
バカがつくほど真面目に仕事と向き合えているかしら。
殊勝にもそんなことを考える、6月の第3日曜日です。