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第28回 花の名前


コロポックルの小屋

koropokkur

クウネル編集部の塚越です。人より多少サイズが小さいため、コロポックル系に属しています。目線も若干低いので、世界が広く見えて仕方ありません。ここでは、そんな重心低めな目線で見た毎日をお伝えしたいと思います。

 

第28回
花の名前

どこの家のおかあさんも、年を追うごとに「聞き間違い」や「言い間違い」が増えるものかもしれませんが、70も半ばの我が家の母は、かなり若い時分からおかしな間違いを繰り返しておりました。

まだ携帯電話などない時代、当時大学生だった兄の友人から電話が1本。どうやら待ち合わせ場所の連絡です。「はいはい、わかりましたよ、伝えます」。そう言いながら、母が書き取ったメモ用紙には、
「午後6時、六本木あんまん堂前」。
あーら、ずいぶんおいしそうなお堂だこと…って、お母さん! それは「六本木アマンド」です。

ある休日、意気揚々と近くにある公園を散歩して戻って来たときのこと。
「今日はたくさんバキュームの人たちが来てたわ〜。あっちこっちからいい匂いがしてるのよー」
なんとなく意味が通じちゃうけれど、それはたぶん「バーベキュー」の間違いだと思います……。字面は似ているけれども、その隔たりはかなりのものです。

そのほか、ミック・ジャガーを「ニック・ジャガー」だと思い込んでいたり(覚えやすいように自動変換)、パラサイト・シングルを「パラシュート・シングル」(どこに降り立つつもりなんだ)と言ってみたり、「最近のお相撲さんにはモロッコ出身が多い」と言い放ってみたり(お気づきの通り、モンゴルの間違いですね)。まあ、いろいろ笑わせてくれるのです。

それを指摘すると「や〜じゃんねえ。恥ずかしい」と郷里の甲州弁で恥じらってみせるのですが、いっこうに治る気配はありません。年も年なので若干心配になり、脳の体操になるという「歩きながらしりとり」を母に提案し、さっそくやってみました。すると……。
出るわ、出るわ、植物の名前たち。どんな音で終わっても、花や樹木の名前で返して来ます。確かに一緒に散歩に出ると、街路樹や野に咲く花に立ち止まり、「これはハナカイドウ、あっちがドウダン」などと教えてくれる。どんなに小さな花にも名前があるのだと気付かされ、母を尊敬のまなざしで見つめる瞬間です。

これからも幾多の言い間違いや聞き間違いを繰り返すことでしょう。その度に笑わせてもらいながら、時にはこうして花の名前を教えてもらいたいなあと思います。ひと月後には、今年も母の日がやって来ます。