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第4回 木内 昇さんのビックリチキンカツ


フナヤマの言葉さがし

初めまして、船山と申します。一読者として愛読してきた『クウネル』編集部で働くことになりました。かなり年のいった新人ですが、みなさま、どうぞよろしくお願いいたします。当コラムでは私が『クウネル』の取材の席で聞いたり、本や雑誌、新聞で読んだりした言葉、忘れられない文章やひと言をぼちぼちと紹介していければいいな、と思っています。

 

第4回
木内 昇さんのビックリチキンカツ

今月20日発売号のBOOKのページで時代小説作家の木内 昇(きうち・のぼり)さんにお会いしました。雑誌編集者を経て作家デビュー、『漂砂のうたう』で2011年に直木賞を受けた木内さん。新刊の『櫛挽道守』(くしひきちもり)を中心にお話を伺いました。小説を書くことの楽しさ、仕事への取り組み方など、創作の背景を語ってくれました。

『みちくさ道中』というのは、そんな木内さんが2012年に出版したエッセイ集です。
東京郊外の家で小説に取り組む日々。仕事のかたわら、本を読み、友と語り、庭の木々を見つめる日常の中に、木内さんらしい、まっすぐで、ぶれない姿勢が見えてくる本。その中の一篇に『ビックリチキンカツ』があります。

直木賞の受賞後、木内さんが母校である東京の都立高校で講演をしたときのこと。人前で話すのは苦手な木内さんですが、このオファーは受けました。
「今回依頼をお受けしたのは、この都立校が好きだったからである。生徒の自主性を重んじる風通しのいい校風で、そのせいか、みな伸び伸びとしていた。勉強も部活もよくしたし、どんな個性でも面白がって認め合うところがあって、それが私の性(しょう)に合った」という大切な場所だったのです。

講演で木内さんは、「常に自分の頭で考えることをしてほしい、ということを話した。それから、もし今自分でも持て余している短所があるとすれば、案外それは大事な核となって個人や仕事を支えていく可能性があるから、安易に捨てたり、平板にならしたりしないでほしい、と伝えた。私が作家になったのは自分で切り開いたというより偶然が重なった結果なのだけれど、いいものを書かなければ明日の仕事はなくなるし、小説には『これぞ正解』という形がない。その不安定でキリのないところが私は気に入っています、とも話した。」

短所と思い、うとましく感じているものが、その人の核になることがある。人生は偶然に満ちていて、そんな欠点のようなものが時として人に輝きを与え、思わぬ場所に導いていくかもしれないのです。
才能と努力が背景にあったこととは思いますが、さまざまな運命の成り行きから、小説を書くことが職業となった木内さん。これが正解という確固たる形もなければ、ここまで行けば到達点というゴールも定かでない道を歩んでいる、でもそれは楽しいことなのだ、と後輩である高校生たちに伝えたのでした。

「ビックリチキンカツ」というのは高校時代からの仲間・Kさんが、地元で営む店で販売しているカツのこと。講演の後に友の店に立ち寄った木内さんはカツを買って帰ります。

「下手な干渉はしないけれど、互いの個性や考えを理解し、尊重し合っている。そういうかけがえのない友人ができるのも高校時代です、という話もすればよかったと反省した。家に帰ってビックリチキンカツを食べた。うまい。KはKらしく、実のある仕事をしているんだな、と思った。」

そんなふうにチキンカツを頬張る木内さんだから、書く小説も心に届きます。ぜひ一冊、手に取ってその小説世界に浸る時間を楽しんでみてください。