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第39回 シリーズ「あこがれ」その1 舳倉島の海女


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僕はカメラマンのマドロス陽一こと長野陽一と申します。この度、5冊目の新刊『長野陽一の美味しいポートレイト』(HeHe) という料理の写真集を出版します。その中にはku:nelで撮り続けてきた料理写真もたくさん掲載されています。それらは美味しさだけではなく、料理を通して取材対象者の暮らしやストーリーを伝える写真たちです。島々のポートレイトを撮るように料理も撮り続けてきました。そして料理写真はポートレイトだと考えました。それを“美味しいポートレイト”と名付けます。ここでは旅した島で見たこと感じたことや、写真の話をしたいと思っています。

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第39回
シリーズ「あこがれ」その1 舳倉島の海女

シリーズ「あこがれ」その1 舳倉島の海女

先月、石川県能登半島の北、朝市で有名な輪島から約50km、日本海沖に浮かぶ舳倉島(へぐらじま)に行ってきました。舳倉島はアワビやサザエ、ワカメなど海女漁で知られる島。今でこそ定住者が増えたものの、昔は夏季の漁期だけ対岸の輪島市から海女や漁師たちが移住してくる島だったそう。

舳倉島のことを知ったのは『海女の島ー舳倉島』(F・マライーニ著/牧野文子・訳)というイタリアの文化人類学者の本がきっかけだった。書いてあることより、まず掲載されていた海女たちの写真に驚いた。それは小さなガラス製の水中眼鏡をかけ、上半身は裸でふんどし姿の女性が海に潜っているモノクロ写真だった。きっと肌は褐色に焼けているのであろう、海面から差す光線が海女の滑らかな背筋を照らし、水圧に耐えながらも躍動する肉体がなんとも美しい。この本を観て現在の海女はそんな格好ではないとわかりきっていても、いつかは舳倉島を訪れてみたいとずっと「あこがれ」ていた。

輪島港から定期船ニューへぐらで一時間半ほど、殆ど勾配のない平らな地に、漁師の暮らしに欠かせないカラマツの木の船小屋と家々が並ぶ。台風で瓦が飛ばされないようにと、漁の網や縄が重し代わりに屋根に乗せられ、洗濯物と一緒に干されたウエットスーツが人形のように風で揺れている。この島の静かな風景だ。

漁が始まる時間、ウエットスーツを下だけ履いた海女たちは船着き場へと向かう。大きな声で挨拶し、写真を撮ってもいいですかとお願いするも三輪車に股がった海女たちは聞く耳を持たず目の前をスーっと走り過ぎていく。その後、お世話になったおばあちゃんの海女(78歳!今でも現役です)に聞いたのだが、この島にはテレビや新聞、雑誌の取材に限らず、海女に会いたいとやってくる旅行者も多くカメラに困っているという。自分もそのひとりなのだが…おばあちゃんの部屋には自身の新聞記事や雑誌の切り抜きが壁に貼られ、その数はちょっとしたアルバムのようだった。以前東京でも観たことのある海女の生活を追いかけたドキュメンタリー番組を観せてくれ、昔話も聞かせてくれた。現在は定期船のお陰で輪島との行き来が楽になり生活も変わったそうで、島に住まずに毎朝輪島から漁に出る海女も多いと聞いた。ウエットスーツが進化し寒さに強くなった分より深く潜れるようになったのはいいが、乱獲も進み漁の時間を制限しなくてはならなくなったとも。本で観たふんどし姿の海女漁の話を聞くと、おばあちゃんはその頃を懐かしく振り帰った。

海も穏やかな凪の日、おばあちゃんに海女漁に連れていってもらった。おばあちゃんは舟に上がり「そのまま、食べてみろ」と捕れたばかりのアワビの貝を割ってくれた。そのアワビを丸かじりしながら、今も昔もアワビはアワビ…美味!全身ウエットスーツでまたすぐに潜っていったおばあちゃんを見て、そう思った。
注・舳倉島はバードウォッチングでも有名な島です。鳥の写真を撮っている人もいます。

平成22年9月20日
マドロス陽一