マガジンワールド

第48回 粉雪とビンゴ


ペリカン戸田の遠い夜明け

ペリカン戸田の遠い夜明け sun
クウネル編集部の戸田史です。「いちおう最年少ですが、三十路半ばです」と自己紹介し続けて幾歳月。三十路半ばずいぶん前に卒業したけれど、最年少編集部員からはなかなか卒業できません。ここでは、編集部で(主に)夜な夜な起こる、ヘンな出来事やちょっといい話などをご紹介していきたいと思います。
 

第48回
粉雪とビンゴ

今宵のペリカン、車の助手席に座り、ヘッドライトに照らされたほの暗い道路をじっとにらみつけています。ここは北海道のニセコ。レンタカーに乗っているのは、東京育ちのカメラマンKさんと福岡出身のライターMさん、そして埼玉のペリカン……という、豪雪とは縁遠い生活を送ってきた3人です。取材初日の撮影を無事に終え、夕焼けに染まる羊蹄山と雪原をうっとりと眺め、『北の国から』のテーマ曲を口ずさみ(富良野じゃないのに)、雪国って美しいねぇと盛りあがったのもつかの間。あたり一面がグレーがかってきたかと思うと、するすると夜の闇が迫ってきました。

「ワタクシ、こう見えて都会ッ子のもやしッ子なもんでねぇ…」。ハンドルを握るKさんが、山男のような風貌に似合わず弱気なことを口走ります。というのも、雪に不慣れな私たち一行は、今宵の宿の支配人Sさんに「冬の夜の運転でいちばんコワイのはブラックアイスバーン。雪が溶けて、道が黒く濡れているだけのように見える路面凍結なんですよ」と教わったばかり。スタッドレスタイヤを装着していてもこれにつかまったら最後、アクセルもブレーキもきかず、運を天に任せて車が自然に停まるのを待つしかないのだとか。雪道運転にまったく自信のないペリカンは、せめても…との思いで「凍っていませんようにー。滑りませんようにー」と、助手席から地味~に念を送り続けていたというわけです。

車は真っ暗な雪道をひた走り、そして登り、曲がり角で「おっとっと…」という事態はあったものの無事に宿に到着しました。『雪秩父』は1967年にオープンした国民宿舎。かなり年季の入った施設で、四畳半の客室(お布団と小さなちゃぶ台。すりガラスの窓の向こうはいちめんの雪景色)、泥湯が人気の温泉浴場、温泉卵やスナック菓子の並ぶ売店(木枠にガラスの陳列棚)、共同の洗面所や給湯所など、至るところに昭和の面影を感じます。聞けば、来年の3月で一度閉館して、立寄り温泉への建て替えが決まっているそう。20年前から働いているという支配人のSさんは、閉館とともに私もこの仕事を終えるんです、とポツリ。そして「今夜の食事どきに、年に一度のビンゴ大会がありますから、ぜひ参加してくださいね」。偶然にも、宿泊客と地元の人たちが集まる『雪秩父』最後のお楽しみ会の日だったのです。

ちょっとしんみりしつつ、せめてこの宿で過ごす最初で最後の夜をめいいっぱい満喫しようと心に決め、まずは露天風呂へ。内風呂でじゅうぶんあたたまってから、Mさんとふたり、えいやっと外に飛び出す。氷点下の冷たい空気が肌をさし「ぎゃー」と小走りになるも、ぽちょん、と湯に浸かってほっとひと息。すべらかなお湯で、雪道での緊張感もすっかりほぐれていきます。露天の向こうに連なる雪山のシルエットを眺めながら、支配人のSさんは春夏秋冬、うららかな日も嵐の日も、雪の日も恐怖のブラックアイスバーンの日も、あの道を通い続け、働き続けたのだなぁとぼんやり考える。ふと見上げれば、漆黒の夜空から白い雪がつぎつぎと湯船に舞い降りてきます。

そして翌朝。深雪におおわれた宿を後にする我ら3人の手には、真っ赤なリンゴの詰まった袋が。心づくしのビンゴ大会のうれしい戦利品を抱えて、次の取材へと向かったのでした。