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“僕たちはどう届けるか?”累計267万部、ベストセラー本の裏側

“僕たちはどう届けるか?”
累計267万部、ベストセラー本の裏側

 

『君たちはどう生きるか』。
みなさんはこのタイトルに聞き覚えはあるだろうか。
漫画版・小説版で累計発行部数267万部、2018年の一番売れた本。
原作は今から82年前。吉野源三郎氏から戦争前で不安な世の中を生き抜く若者へ向けて書かれた一冊だ。
その原作の漫画版として2017年に発売された『漫画 君たちはどう生きるか』。
どうしてこの本はここまでヒットしたのだろうか。
絵が良いから?読みやすいから?今の時代に合っているから?
これまで語られなかった大ヒットの軌跡とは!?本作りに関わった4人のインタビューからその秘密に迫る。

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『anan』編集長、書籍編集部編集長を経て、マガジンハウス取締役。

原作を読んだことのない人にも、この本の素晴らしさを知ってもらう。それが編集の仕事。

編集担当である鉄尾氏がこの本の原作である『君たちはどう生きるか』と出合ったのは大学生の頃。父からのプレゼントだった。

「当時の記憶として、随分どストレートなタイトルだなと感じたことを覚えています。僕は大学生で若かったこともあり、そんな題名に少し抵抗を感じたりして(笑)。だけど、読み進めてみると人生で大切な事を改めて再認識することができる本で、とても感銘を受けたんです。今でもこの本は人生の折に触れては読み返す大事な一冊です。」

原作発売から82年後の今、どうして鉄尾氏はこの一冊を取り上げようと思ったのだろうか。

「社内で、二人の若手の書籍編集部員がこの本のファンだったのがきっかけです。発売から82年経っても読まれる魅力がこの本にはあるんだなと。この本をまだ読んでいない人にもその魅力を届けようと制作に取り掛かりました。伝えたいことを読み手にどう伝えるか考えるのが、編集者の仕事ですから。」

その手段として鉄尾氏は“漫画化”という手法をひらめく。
しかし、ここで一つの問題が。マガジンハウスは漫画雑誌を刊行していないため、社内に漫画のノウハウが乏しい状況だった。

「まず、講談社の原田さんという友達の編集者の方にこの話をしたところ、『すごく良いね。ウチでやりたいぐらいだよ』と言ってくれて(笑)。そこで紹介してくださったのが、作家のエージェンシー会社であるコルクに所属していた漫画家の羽賀さんです。この本を知らなかった羽賀さんも一読するなり、ぜひやりましょうと言ってくれました。」

そうして1年後に完成の予定で制作が始まったが、いざ漫画化するとなると「難問」が続出。時代設定をどうするか、当時のままにするか現代にするか。コペル君の風貌はどうするか、メガネをかける?髪型は?叔父さんのキャラクターをどうするか。全編を漫画化すると量が多くなってしまう…。
いろいろな試行錯誤を繰り返しながらも、ついに完成したときは、3年近くが経っていた。
この本の出来上がりに手応えを感じた鉄尾氏がこの本を手に向かった先は、今回のベストセラーが生まれるきっかけになった書店だった。

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丸善日本橋店店長を経て、現在丸の内本店店長を務める。日本橋店では、
出版社のブース出展イベント「BOOKCON(ブックコン)」を運営。

表紙のコペル君の眼差しに目を奪われました。

2017年7月下旬、鉄尾氏は当時、丸善日本橋店の店長を務めていた篠田さんにゲラを届けた。それはなぜか。

「鉄尾さんから『漫画 君たちはどう生きるか』の先行販売をお願いできないかというお話をいただいたんです。表紙も一緒に渡されて。あの表紙を見て、この本にすごく興味を持ちました。そこで、次の日に原稿を送ってもらい読んでみると面白いのはもちろん、とても読みやすい。30分ぐらいで読めるのに内容がしっかりしていて、今の若者にも響く本だなと思い、丸善日本橋店でこの本の先行販売を引き受けました。」(篠田さん)

発売の約10日前から先行販売を実施。何も告知していないにもかかわらず一日に5、6冊が売れた。
この5、6冊が始まりだった。

「先行販売を通して、これは売れるなと感じたので発売と同時に一気に1000冊仕入れました。そして、売り場にパネルを置くと1日に20冊以上は普通に売れるように。この本が次第にメディアに取り上げられるようになり、勢いは加速していきました。」

丸善日本橋店では、出版社のブース出展イベント「BOOKCON(ブックコン)」がこれまでに2度開催されている。その第1回が2017年の10月に開かれ、マガジンハウスは『漫画 君たちはどう生きるか』の漫画を描いた羽賀さんによるサイン会を行った。

「BOOKCONでは、3日間で約38,000人の方にご来店いただきました。とても盛況で、特に羽賀さんのサイン会には老若男女問わず多くの人が集まりました。当初は40~60代がこの本の購買層だったのですが、サイン会を通して広い年代の方にこの本は読まれているんだなと実感しました。祖父母から孫へ、父母から子へこの本は広がっていき、親子3代を巻き込んだベストセラー本になっていっているように感じました。」

先行販売・サイン会イベントで着実に読者を増やしていった丸善日本橋店。実は、社内のある部署がこの動向を注視していた。

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マガジンハウス宣伝プロモーション部 部長。anan通巻2000号を記念して
表参道駅構内にて行われたキャンペーン「anan表紙アーカイブ展」も手掛けた。

『広告を出す』もう一つの狙いは、“他のメディア”を巻き込むこと。

ある部署というのは宣伝プロモーション部だ。丸善日本橋店での先行発売の目的は、宣伝の切り口を見つけること。宮下氏は、この先行販売から何を見出したのだろうか。

「まず、その先行販売で購入してくださる年齢層を伺ったところ主に50~60歳代の男性、原作を知っている世代ということでした。なので、発売の時には日経新聞さんで広告を出したんです。日経新聞を読む世代と原作を知っている世代は重なると思ったので。」

初版からわずか数日で重版に。その後も重版が続く中で、多くの人がこの本を知るきっかけとなるある出来事が起こる。
2017年10月21日、『世界一受けたい授業』の23分にも及ぶ特集だ。
この大きなターニングポイントといえる出来事にも新聞広告が関係している。

「広告の役割には購買への促しのほかに、他の媒体へのアピールがあります。『今売れているのは、この商品です。』と、ラジオ局やTV局へ宣伝をするんです。ラジオ局やTV局で番組を作っている方って、新聞を読んでいることが多いので。結果的にTVに取り上げていただくことになりました。」

『世界一受けたい授業』で取り上げられたことで重版のペースがかなり上がり、2017年の年末に100万部、2018年の5月には200万部を達成した。
実は、発売から現在までの新聞広告を比較してみると、大きな違いがあることに気づく。

「発売当初は、“82年前の名著『君たちはどう生きるか』の漫画版”ということを新聞広告の中でも強くアピールしていました。それから世間で話題になるにつれて、この本の内容が注目されるように。発売時にメインの購買層だった50~60歳代の男性の方だけではなく、主婦層やその子どもたちへ広まっていきました。そこで、100万部達成時の広告は、“生きるヒントになった感動のベストセラー”、200万部達成時は、“親子三代で読みたい本”というキャッチフレーズに。成人式に合わせた新聞広告も話題になりました。」

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「君たちはどう生きるか」新聞広告
青色の広告は成人式に合わせて出された(朝日新聞)


実は、このヒットを後押しした宮下氏には、プロモーションを実施するにあたって頼りにしていた人物がいる。
その人物とは、営業部の仙石氏だ。
宮下氏は、現場の声を拾う営業部の中でも確かな情報で信憑性の高い市場分析を得意とする仙石氏を信頼していた。

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マガジンハウス営業部課長。
丸善日本橋店担当で、「BOOKCON(ブックコン)」ではマガジンハウス出展ブースをプロデュース。

ネットに溢れる情報ではなく、足を運んで耳で聞く。

宮下氏が絶大な信頼を寄せる仙石氏。彼の確かな市場分析は今の時代の流れに逆行しているものだった。

「心掛けているのは、データだけで判断せずに入念な情報収集をすること。“足で稼ぐ”みたいな(笑)。例えば、『世界一受けたい授業』でこの本の特集が組まれる時は他の出版社などを訪れ知見をお借りし、重版部数を決めていました。」

年明けには多くのTV番組で再度特集が組まれ、注文の電話が鳴りやまなかった。
当初は40~60代の原作を知っている方がターゲットだったこの本は、その影響により親子3代で読まれる本へ。その変化を感じ取った仙石氏はある提案を行う。

「TV番組で取り上げていただいたことで、主婦層の方々や子どもたちにも認知されるようになりました。実際に、編集部に届く手紙を見ると小中学生からのものが多いです。そこで、よりたくさんの子どもたちがこの本に出会えるように学校図書への申請を営業部内で話し合いを重ね、決定しました。」

その結果、この本は『公益社団法人日本PTA全国協議会推薦』と『全国学校図書館協議会選定図書』に選出。道徳の授業で使われたり、卒業式で卒業生へ配られたりと子どもたちに身近な本に。
仙石氏の働きかけで実現したこの出来事は、累計267万部の後押しになった。

~インタビューを終えて~
私はこの4人へのインタビュー中、”プロフェッショナル”というものを垣間見た。
それは、4人それぞれの先見の明であり、情報収集能力の高さだ。
82年前の原作の漫画化を企画し、あらゆる人を辿り羽賀さんと出会った鉄尾氏。
ヒットの可能性を感じて先行発売を引き受け、イベントを通して得た生の声から仕入れ冊数を調整していた篠田さん。
先行販売や書店の購入データから読者層の変化を汲み取り、広告のキーフレーズを変えていった宮下氏。
他の出版社や書店員の意見を参考にTV番組放送後の反響を予測し、大幅な増刷を提案した仙石氏。
この4人の先見の明と情報収集によってヒットへの道筋はもちろん、急な受注増加にも対応できる万全な体制が整っていた。
さらに、この4人の間にはヒットへの道筋を固める要素があった。
その要素とは、信頼関係の強さだ。
読者に刺さる宣伝は宮下氏、書店員からの確実な情報は仙石氏というように、それぞれの“プロフェッショナル”に寄せる信頼は確固たるもの。
この4人の“プロフェッショナル”が起点となり、累計267万部もの大ヒットを引き起こした。
昭和を代表する名著は、平成でもう一度脚光を浴び、今や平成を代表する名著に。令和へ突入し、三時代に渡り読み継がれる作品に昇華させるため、彼らの躍進はこれからも続く。

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読者の方から寄せられたハガキの一部。小学生から大人まで幅広い世代の方から
感想をいただきました。コペル君のイラスト付きのハガキまで! 


漫画 君たちはどう生きるか

— 吉野源三郎 原作 羽賀翔一 画電子版あり
  • ページ数:342頁
  • ISBN:9784838729470
  • 定価:1,430円 (税込)
  • 発売:2017.08.24
  • ジャンル:コミック
『漫画 君たちはどう生きるか』 — 吉野源三郎 原作 羽賀翔一 画

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