第5回 サッカーの美しきスピリット
フナヤマの言葉さがし
第5回
サッカーの美しきスピリット
にわかファンも大いに楽しんだブラジル、サッカーワールドカップ。意地と意地をかけあった男同志の激しいぶつかり合い、ゴールを目指して何かに憑かれたように90分も120分もピッチを走り回り、球を追うスーパーアスリートたち。日本代表が予選リーグで早々に敗退したことはとても残念でしたが、堪能しました。
しかし、今回のW杯がさまざまな問題と矛盾を抱えていたことも、また事実だったようです。社会格差を巡って、W杯に使うお金があるのなら、教育やインフラに使うべきとの抗議デモがブラジル国内で頻発したのもご存知の通りです。
文化人類学者で中南米を研究、サッカー批評も手がけている今福龍太さんは指摘します(2014年6月17日付け『朝日新聞』)。
「サッカーは極度にグローバル化し、商業化しました。ブラジルでも、若く有望な選手はみな欧州のチームに高値で買われてしまう。欧州では、いかに合理的に勝利するかが重視される。選手は経済的には豊かになっても、サッカーの美しさは失われつつあります」
「今回のW杯に、ブラジル民衆から抗議の声が上がっています。巨額の税金がつぎ込まれ、福祉は切り捨てられる。大都市では、建物の壁に『欲しいのはボールじゃなく食べ物』『ブラジルは売られた』など、国や国際サッカー連盟(FIFA)への批判があふれている」
ヒーロー・ネイマールの思わぬ負傷をきっかけにブラジルはがたがたと崩れてしまい、サッカー王国のプライドは地にまみれてしまいました。
「サッカー王国ブラジルで、なぜW杯に反対なのか。それは、深い意味でのサッカー文化を守ろうとしているからに他なりません。民衆の中で育てられたサッカーが、FIFAや多国籍企業に経済的に独占されることへの強い抵抗の表れです。ブラジルは、人種差別やグローバル化、経済至上主義に対して最も抵抗し、深い問いかけをしてきた国です。W杯への反対運動の本質もそこにあるでしょう」
「勝利至上主義に支配されたサッカーは、ナショナリズムやレイシズムと結びつきやすい。4月にはスペインで、ブラジル人選手ダニエウ・アウベスに、観客がバナナを投げて挑発する事件が起きた。そのときアウベスは平然とバナナを食べ、プレーを続けた。差別への実にスマートで機知に富んだ批判で、これがサッカー本来の精神です」
約1ヶ月に及ぶ祝祭の日々は欧州サッカーの雄・ドイツの優勝で終わりました。しかし今福さんの言葉のとおり、ブラジルの人々が訴えた世界の問題は未解決のまま積み残されています。数々の素晴らしい試合の想い出とともに、そんな忘れがたいテーマも、今回のW杯は私たちに残してくれたように思います。
4年後のロシア大会を観戦するとき、どんな世界に私たちは生きているのでしょうか。