第10回大賞受賞 『タロウの鉗子 (かんし)』甘木 つゆこ
第10回大賞受賞 『タロウの鉗子 (かんし)』
甘木 つゆこ
性的被害を受けトラウマを抱える友人・貴之と、女子大生「タロウ」の微妙な関係──。繊細な生き方を強いられる現代の人間関係を描いた受賞作に、書き下ろし作品「コンビニエンス・ヒーロー」を加え、2008年9月に『はさんではさんで』として単行本発売(マガジンハウスより)。表題作は2011年12月に電子書籍としても刊行。
青春ってなんだろう
甘木 つゆこ
小説を書き、応募しては落選、ということが二年ほど続いていた。坊っちゃん文学賞はインターネットでたまたま見つけた。知ったのが五月下旬で、〆切は六月三十日。応募してみたいとは思ったが、とても間にあわないだろうと諦めた。その頃、私は別の賞に応募する小説を書いている最中だったのだ。それを書きあげ、世田谷郵便局で投函したのが六月十日。さて三軒茶屋でビールでも飲んで帰ろうと国道246号線沿いを歩いているとき、ふと坊っちゃん文学賞のことを思いだした。青春小説か、意識して書いたことないなあ、などと思っているうちに、鉗子で体の肉をはさむ女の子のストーリーが、するするっと頭の中に浮かんできたのだ。浮かんできたら、どうにも書きたい。そのまま帰宅して書きはじめ、二十日間で脱稿、〆切にぎりぎり間にあった。
それでも応募する際、一瞬、ためらったことを覚えている。勢いまかせで書いたはいいが、ほんとうに青春小説なのかどうか、よくわからないのだ。そもそも青春ってなんだろう。イメージでいうと爽やかな感じ? 若者が溌剌と夢を追ったりする時期? 希望に満ちあふれて? 恋人や友達や家族とまっこうから本音でぶつかりあうような? だとしたら私の小説は規格外だ。でも、そんな型にはまったような青春って、現代でどれだけリアルに存在するのだろう、等々。書いてから逡巡するようなことかと我ながら思うが、あの時、なんだか無性にひっかかったのだ。結局、募集要項にあった「斬新な作風」という部分を信じて踏み切った。
私が書くものには、屈折した人、甘ったれた人、臆病な人たちがよく登場する。書いていて、時にうんざりするほどだ。「おい、こら、ちょっとしっかりしてちょうだいよ」と喝のひとつも入れたくなる。それでも、その人たちが、それぞれのやりかたを駆使して他者と繋がろうとする姿を書きたいと思う。ぶざまでも奮闘する人を書くことで、この閉塞した時代の風通しがすこしでもよくなればいいと思うのだ。
こどもの頃、私は物語や漫画やアニメの登場人物(人ではない場合もあるが)を、現実との境界線などなく近しいものとして慕っていた。三十歳になる今でも、フィクションの世界に親しい相手を見つけて励まされることはしょっちゅうだ。もしも私の書いた小説にでてくる、ちょっと偏ったところのある人たちが、読んでくれた誰かにとって身近な存在になれたなら、もう、それより幸せなことはない。
受賞後、もっとも大きく変化したのは、「ひとりで書いているわけじゃない」と素直に思えるようになったことだ。はじめて一緒に仕事をさせていただいた編集の方、いつも応援してくれる家族や友人や恩師、それから通りすがりにネタをくれるすべての人々と、共に書いていることを忘れずにいようと思う。
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夏目漱石の代表作『坊っちゃん』の舞台として知られる松山市が、市制100周年の1989年に創設したのが「坊っちゃん文学賞」。新しい青春文学の誕生と、フレッシュな才能に期待したこの賞は、これまでに13回が開催され、多くの作品が世に送り出されてきました。今回、この「坊っちゃん文学賞」大賞作品が電子書籍化されました。第1回の大賞作品から最新作まで、多くの作品がお読みいただけます。