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特集 : ショートショート〈2〉 言えば妄想、書けば文学。ショートショートの種は誰の中にもある。

坊っちゃん文学賞

特集 : ショートショート〈2〉 言えば妄想、書けば文学。
ショートショートの種は誰の中にもある。

田丸雅智さん

坊っちゃん文学賞の第15回開催を記念して新設されたショートショート部門。ショートショートとはなにか? どう書けばいいのか? 審査委員長であり、自らがショートショートの第一人者である田丸雅智さんに聞いた。

不思議な言葉をコアに据えると
空想は一気に膨らみ始める

—この度、松山市の坊っちゃん文学賞が「ショートショート」部門を新設しました。

坊っちゃん文学賞は、1989年から始まったものですが、伝統的なありようの中に新しいものを取り入れようとした、素晴らしい試みだと思います。

長編とショートショートでは、それぞれ求められる素質が全く違います。陸上競技でいえば短距離選手と長距離選手、必要な能力は瞬発力なのか持久力なのか、というくらいに異なりますから。

そして、ショートショートとは何かというと、端的に言うならば「短くて不思議な話」ですね。アイディアがあって、それを活かした結末がある短い小説。その素材は日常の中にたくさん転がっています。日常のありふれたものも、ちょっと見方を変えるだけで違う世界が見えて来ます。たとえば、目の前にある何の変哲もないコーヒーカップ。でも、カップの中が別の世界のカップとつながっていて、コーヒーを覗き込んだら向こう側に同じようにこちらを覗き込んでいる他人の目が見えたりしたらどうしよう、なんて考えると、見えている景色が変わって来るでしょう。

そんな風にしてネタ探しをしてみると、日常生活がとても豊かになります。つまらないと思っていたものが輝き出す瞬間がくるのです。

田丸雅智さん
—でも、いざ作品としてまとめようと思うと、なかなか難しいのでは。

以前、坊っちゃん文学賞のコピーで「言えば愚痴、書けば文学」というのがありましたよね。まさにそれなんです。言えば奇人変人の妄想、でも、書けば文学なんです(笑)。

僕自身、子どもの頃から、頭の中で考えていることや思い浮かんだことを言葉に出す度に周囲に変な顔をされる、といった経験があります。「あ、今、自分はおかしな事を言っちゃったんだな」と気付き、そうした考えは物語に閉じ込め、日常の会話には出さないようにしたので、今は変人扱いされずに会話を交わせるようになりました(笑)。でも、人は誰でも、口に出すと笑われてしまうようなことを何か考えているはずなんです。口に出せば、バカげてる、妄想だ、と片付けられてしまうようなことも、書けば文学になるんです。

僕はさまざまな年代の人を対象に、ショートショートの書き方を教える講座を持っています。そこでは「自分の中の妄想を、自由に好きに書けばいいんです」と話すようにしています。

あるいは、不思議な言葉を考えて、そこから考えを膨らませていく。例えば「発電につかえるタコ」。いったいどんなタコなのか。不思議な言葉をコアに据えることで、空想は一気に広がっていきます。すると、最初は躊躇していた人たちも、段々と筆が乗って来て止まらなくなります。最後には、お互いに作品を披露しあって、いい大人がこんなことを考えてるのかと、互いにゲラゲラと大笑い。

普段自分自身をガードしているフィルターを外してみると、誰の中にも物語が必ず眠っているものなんですね。だから、まずは恥ずかしさをこらえて書き始めてみましょう。

松山市の文学的土壌で始まる
青春ショートショートという挑戦

田丸雅智さん

—ショートショート部門、文学の土壌が豊かな松山ならではの発想かもしれないですね。

夏目漱石や正岡子規、高浜虚子ら、有名な作家や俳人を輩出してきただけあって、松山市は文学や俳句などに対する取り組みがとても熱心ですね。僕の小学校時代も俳句が夏休みの宿題になっていたりしました。選ばれた優秀作は毛筆で立派に清書されて、目抜き通りにずらーっと吊るされるんです。

僕は今、俳句を読むのも、自分で作ってみるのも好きです。自分にとって、季節を感じる大切なものになっているのですが、これは、小さい頃に触れていたからじゃないか、と思います。俳句って、ショートショート以上にその瞬間を切り取るものですよね。

俳句は世界で一番短い詩と言われていますし、ショートショートは世界で一番短い小説と言われています。俳句が根付いているような言葉の街だからこそ、ショートショートも面白い作品が発掘できるかもしれません。

特に、ショートショートは基本的にノンジャンルなのですが、今回は「青春」というテーマが設定されています。青春+アイディアで、どのようなストーリーが出て来るか、ショートショートの新しい試みとしても期待しています。

そして、ちょうど僕も、自分自身の松山東高校時代の思い出を詰め込んだショートショート『E高生の奇妙な日常』(角川春樹事務所刊)という新刊を出したばかり。Eは松山東のイーストのE。青春、松山、ショートショート。素晴らしいタイミングに、ワクワクします。

『E高生の奇妙な日常』(角川春樹事務所刊)

『E高生の奇妙な日常』(角川春樹事務所刊)
田丸雅智・著 1300円+税

E高校では、毎日不思議な出来事が次々と起きる。そんなE高に通う高校生たちの、溢れ出すような青春を描いたショートショート18編。

田丸雅智 1987年、愛媛県生まれ。東京大学工学部、同大学院工学系研究科卒。2011年、『物語のルミナリエ』(光文社文庫)に「桜」が掲載され作家デビュー。12年、樹立社ショートショートコンテストで「海酒」が最優秀賞受賞。「海酒」は、ピース・又吉直樹氏主演により短編映画化された。15年、ショートショート大賞の立ち上げに尽力し、審査員長を務めるなど、新世代ショートショートの旗手として精力的に活動している。主な著書に『夢巻』『海色の壜』など。