第4話 謎の見せ本ヒキコモ・ル・ネサンス
ヒキコモ・ル・ネサンス
山田ルイ53世 著
第1章 神童の予感
【第4話 謎の見せ本】
我が家は、別に由緒ある家柄でも名家でも、地元の有力者でも、資産家でもなんでもなかった。
ただの平凡な公務員の家だった。
なのに、お固い家で、何年間もの間、「くだらない、馬鹿になる」という「くだらない、馬鹿な」理由で、我が家にはテレビがなかった。
小学校高学年辺りか、中学校に入ったくらいの頃にやっと、再び我が家にテレビが帰ってきたのだが、それでも見て良い番組は時代劇かNHKだけで、いわゆる民放のバラエティー番組とかは見せてもらえなかった。
刑務所みたいな方針の家だった。
テレビは見られなかったが、本……というか、書籍といった方がニュアンス的には近いヤツが大量に揃えられていた。
スタンダ―ルの『赤と黒』とか、ドストエフスキ―の『罪と罰』とか、ゲ―テの『ファウスト』とか、ハードカバーの古典作品がところ狭しと本棚に並んでいた。
内容といい、手触りといい、カチカチの「偉そうな本」で溢れていた。
子供の時から不思議に思っていた事。
それは、そういう上から目線の賢そうな本が大量にあったにもかかわらず、それらを実際に家族の誰かが読んでいるのを見たことがなかったということだ。
おそらく、実際のところ、家族の誰も読んでいなかったと思う。
その証拠に、僕が手にとって本を開こうとすると、長い間、あるいは一度も読まれていない本特有の、「ぺリぺリぺリぺリ」という小さな小さな音がする。
長期間紙と紙が密着していたため、半ば一体化してしまったページとページが、再び引き裂かれる時の悲鳴。
結局、僕しか読んでいなかった。
あの本たちはなぜ我が家にあったのか?
見栄を張っていたのか? だとすれば一体何の、誰に対する見栄なのか?
すべては謎のままである。
漫画本も禁止。
ただ、歴史物、偉人伝系の漫画は許されるという、暗黙の了解というか、“抜け道”があった。
なので、小学生の僕は、自転車に乗って、電車で駅4つ程離れた街にある図書館に通い、他の子供達が『少年ジャンプ』や『なかよし』なんかの漫画雑誌を読むのと同じテンションで、「徳川家康」や「野口英世」や「ヘレンケラー」等々、ありとあらゆる歴史物、偉人伝の漫画を読んだ。
だから今でも、無駄に「偉人」に詳しい。
親が意図的にそうしていたのか、それは定かではないが、世間で普通に流行っている情報や物質から完全に隔離されていた。
ほとんど出家したような状態で暮らしていた。
当時、流行っていて、大体の友達は持っていた、ゲームウォッチや、ファミコン、キン肉マン消しゴム……とにかく、ありとあらゆる娯楽が我が家にはなかった。
本名 山田順三(やまだ じゅんぞう)。 お笑いコンビ・髭男爵のツッコミ担当。 兵庫県出身。地元の名門・六甲学院中学に進学するも、引きこもりになり中途退学。大検合格を経て、愛媛大学法文学部の夜間コースに入学。その後、大学も中退し上京、芸人の道へ。1999年に髭男爵を結成。2008年頃よりTVにてブレイク。現在は文化放送「ヒゲとノブコのWEEKEND JUKEBOX」、「髭男爵 山田ルイ53世のルネッサンスラジオ」など幅広く活躍中。