第5話 刑務所のような家ヒキコモ・ル・ネサンス
ヒキコモ・ル・ネサンス
山田ルイ53世 著
第1章 神童の予感
【第5話 刑務所のような家】
父は、神戸税関の職員。役人だった。
たまに家に帰らないことがあり、翌朝、疲れた様子で帰宅する父に、
「昨日、なんで帰らへんかったん?」なんて聞くと、
「張り込みや」
税関職員も、港で不審な船舶なんかの張り込みをするらしい。
「刑事みたいで格好良いなー」と思った。
張り込み以外にも、船に乗り込んでいって、不審な物がないか捜索することもあったらしく、晩ご飯の時なんかに、武勇伝を話してくれたりもした。
そういう話の中には、「ロシア人船員と格闘の末投げ飛ばした」みたいな威勢の良いエピソードもあり、小学生の僕は、「おとん、かっこえ〜な〜!」と素直に思っていたが、中学生になったころ、一度父と取っ組み合いのケンカになったことがあり、その時にその気持ちは消えた。中学生に手こずる人が屈強なロシア人を投げ飛ばせるはずがない。
おそらく、大分盛っていたに違いない。
そういう、税関職員としての、仕事道具の一つだと思うのだが、我が家には、「伸び縮みする指し棒の先端に、角度が自在に変えられる鏡が付いた器具」があった。
もし仕事道具じゃなかったのなら、あんなものがなぜ家にあったのか……聞くのも怖い。
おそらく、本来は、税関の仕事で、外国の船舶に立入検査をする時、その棒付き鏡で、何かの裏側とか、何かの下とか、何かの上とか、とにかく何か怪しい物を隠していないか探すための物だったのだと思う。
が、我が家ではもっぱら、兄や僕が隠し持った漫画本や、奇跡的に入手出来たちょっとエッチな本などを捜索するという、しょうもない用途に使われていたようだ。道具に申し訳ない。
学校が終わって帰宅し、自分の部屋に行くと、隠していたはずの漫画本や、エッチな本が、勉強机にドンッとこれ見よがしに置いてある。
どれだけ巧妙に隠しても、帰宅すると、その場所にはなく、自分の机の上に出現する。
天井裏に隠しても駄目、カーペットの下に忍び込ましても駄目、雨で濡れても大丈夫なようにビニール袋に入れ、家の外、例えば屋根の上に貼り付けておくというのも駄目、とにかく、ありとあらゆる方法を試したが、必ず発見され、自分の机の上に帰ってくる。
伝書鳩並みの帰巣本能がエロ本にあるわけはないのだから、父の税関職員としての「捜す能力」を褒めるしかない。さぞかし腕っこきの職員だったに違いない。
なにより気まずいのが、その後、夕飯などで父や母と顔を合わせても、それについて何も言ってこないことである。
結局、その無言のプレッシャーに耐えかねて、その類の読み物は家に置けなくなり、ますます僕には自由がなくなっていくのである。
本名 山田順三(やまだ じゅんぞう)。 お笑いコンビ・髭男爵のツッコミ担当。 兵庫県出身。地元の名門・六甲学院中学に進学するも、引きこもりになり中途退学。大検合格を経て、愛媛大学法文学部の夜間コースに入学。その後、大学も中退し上京、芸人の道へ。1999年に髭男爵を結成。2008年頃よりTVにてブレイク。現在は文化放送「ヒゲとノブコのWEEKEND JUKEBOX」、「髭男爵 山田ルイ53世のルネッサンスラジオ」など幅広く活躍中。