第6話 ガサ入れヒキコモ・ル・ネサンス
ヒキコモ・ル・ネサンス
山田ルイ53世 著
第1章 神童の予感
【第6話 ガサ入れ】
頑固で、厳格な父だった。
ある時、僕は父の書斎を物色していた。
特に何か入り用で、探し物をしていたわけでもない。明確な目的はなかった。僕はただ、“人の部屋を物色する”という浅ましい行為に興奮し、魅了されていた。
勝手に子供の部屋を物色するような親の背中を見て育つと子供もそうなる。
「物色のDNA」はここに受け継がれていた。
父の仕事机があった。
なんとなく……本当になんとなくなのだ。その机の一番下の引き出しの、奥の方を探っていると、我が家では見かけることはない、VHSのビデオテープが出て来た。ビデオテープという代物の存在は、学校でも理科の授業なんかで使われていたので知っていたが、我が家には、それを再生するビデオデッキもなければ、そもそもテレビ自体がない。
いったい何のビデオかなと、おもむろにそのテープの背中を眺める。
父の名誉のためにも詳細は避けるが、タイトルを見て、僕は愕然とした。とにかく、ものすごく、トリッキ―な内容を示唆するフレーズが白いシールの上に油性マジックで書かれていた。見たことのない漢字もふんだんに使われていいた。
……父の字だった。
それは、僕が人生で初めてお目にかかった「AV」だった。
最初、「これはきっと、お父さんの税関の仕事のヤツだ。押収物とかいうヤツじゃないか?」と思った。思いたかった。
よく考えれば、そんな「証拠品」を自宅に持ち帰るのもおかしな話だ。
だが、子供とはけなげなもの。心が、厳格な父のイメージを反射的に守ろうとしたのだろう。それが崩れるということは、それに従って生きてきた自分をも否定することになる。
「例のロシア人船員からとりあげた物かも」
そんな風にも考えてみた。
大体、これをどうやって見るのというのだ。何度も言うが、我が家にはそもそもビデオデッキもなければテレビもないのだ。よって、父がこれを鑑賞しようと思って所持しているわけがないじゃないか……必死で考えを巡らし、自分の中で何か大事なものが崩壊しそうになるその瀬戸際で、なんとか踏みとどまった。
……その週末、我が家に新品のテレビとビデオが届いた。
あれだけ、子供に教育上の観点からテレビを禁止していた父が、結局AV見たさにテレビ、及び周辺機器までまとめて揃えたのだ。
ただ、そのことで、父を軽蔑するような気持ちにはならなかった。
むしろ、ここまでいとも簡単にあの父親の心を溶かすAVなるものに尊敬の念を抱いた。
おかげで我が家にも人様並みにテレビやビデオがやってきたのだ。AVには感謝である。
自分でも意外だったが、今まで自分の中で頑固で厳格で恐ろしい存在なだけだった父が、実は同じ人間なんだと思えてどこかホッとしていた。
それをキッカケに、というわけでもないだろうが、その後、父はどんどん人間味を増していき、数年後職場の部下と浮気をし、それが母にばれ、「えらいこと」になる。
本名 山田順三(やまだ じゅんぞう)。 お笑いコンビ・髭男爵のツッコミ担当。 兵庫県出身。地元の名門・六甲学院中学に進学するも、引きこもりになり中途退学。大検合格を経て、愛媛大学法文学部の夜間コースに入学。その後、大学も中退し上京、芸人の道へ。1999年に髭男爵を結成。2008年頃よりTVにてブレイク。現在は文化放送「ヒゲとノブコのWEEKEND JUKEBOX」、「髭男爵 山田ルイ53世のルネッサンスラジオ」など幅広く活躍中。