第31回 伝書鳩
コロポックルの小屋
クウネル編集部の塚越です。人より多少サイズが小さいため、コロポックル系に属しています。目線も若干低いので、世界が広く見えて仕方ありません。ここでは、そんな重心低めな目線で見た毎日をお伝えしたいと思います。
第31回
伝書鳩
風邪で寝込んだことすらない父が思いもかけない大病を患い、入院したのは8月の末のこと。本人にとっては青天の霹靂、家族にとっても近年稀に見る大ピンチ。入院準備だ、手術前検査だと、あわわ、あわわとこなすうちに、夏はとっくに終わっておりました。頃よく、編集部の夏休み(毎年9月に入ってからなんです)と重なり、入院先の病院がわが家から近かったこともあって、これは一世一代、孝行のしどきとばかりに付き添いを買って出ました。
父、80目前。娘、40も半ば。はい、どうですか、この2ショット。なんとはなし、切ない空気が流れます。奮発して入った個室には、ちょうどベッドから見える正面に『病む人への愛』と書かれたオリジナルカレンダーとやたら文字の大きな掛け時計。隅っこにすぐ倒れそうな細長いクローゼット、ベッドの横には肘掛け椅子。座面の色褪せたオレンジ色がやるせなさを醸します。
斜陽感あふるる病室で、なんだか気分もセンチになってまいります。横になっている父に向かって、「今まで育ててくれてありがとう」と思わず声を詰まらせながら口走ったりもいたしました。父にとっては、不安を煽るだけの発言です。「まさか、余命幾ばくもないのか」、「いままで知らされていた病名は気遣いか」。そう思ったに違いありません。そんなことはお構いなしに、ひとり親孝行モード全開の娘は、「お父さん、足のマッサージしてあげるね」かなんか言っちゃって、おもむろにふくらはぎを揉みしだいたり、わずかばかりに残った頭髪を梳いてやったりもいたしました。父、ますます困惑。
こんな時でもないと聞けなかろうと、母とのなれ初めなども聞きだしました。見合い結婚の両親は、初対面後2ヶ月で式を挙げたそうです。初めて知るスピード婚の事実。母の第一印象はどうだったのよ、と詰め寄ると「ぽっちゃりしていてかわいかった」ですと。ほうほう、そうですか。どうやら完全に父の熱意で結ばれた縁だった模様。しばし思い出話に花を咲かせた後、
「お母さんは俺のところにお嫁に来てくれたけど、本当はどう思ってたのかなあ」
そうつぶやいた父の横顔に、今まで口に出さなかった母への思いが溢れた気がして、返す言葉が見つかりませんでした。若い頃は、派手に夫婦喧嘩もしていたし、今でも母の愚痴は止むことはないけれど、半世紀という長い時間、一緒に食べて、寝て、日々を重ねてこられたというだけで、この人たちは十分にしあわせな夫婦なんじゃなかろうか。“夫婦”を続けられたというだけで、威張っていいんじゃなかろうかと思いました。
感動すらして、父の言葉を実家に帰り母に報告したところ、「へ〜。そんなこと言ってたの〜」とまんざらでもない様子。その後の夕食の場面では、「お父さんがいないとごはん作るのも張り合いがないねー」、「やっぱりごはんはふたりで食べるとおいしいねー」などと、柄にもなく父を恋うような発言。はいはい、わかりました。それも先方にお伝えしますよ。
50年越しのラブレター、伝書鳩になった娘は少しは役に立てたでしょうか。