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「女の偏差値」林真理子 よりエッセイを一つご紹介

「”玉の輿”に乗れるのは」

tamanokoshi

 どれほど自立心にとんだ女性であろうと、どれほど誇り高く生きていようと、仕事に疲れた時に思うはずである。
「あーあ、玉の輿に乗りたかった…」
 医者とか外資といったレベルではない。その名を言うと、みんながのけぞるような男の人の奥さんになったら、どんなに楽しかろう。
 たとえば海外に行く時、私はビジネスクラスで行く。これでも頑張っている方だと思うのであるが、お金持ちの奥さんたちはファーストクラスだ。
「主人が何かあったら大変だって言うから…」
 ダンナのお金で行き、そしてあちらに着いたら着いたで、支社の人たちにちやほやしてもらう。こんな人生を私もおくりたかった…。
 このあいだ銀行に新しく口座をつくりに行った。今まで本名でつくっていたのであるが、必要にせまられて、「林真理子」の名前でつくらなければならなかったのだ。私は制服を着て立っている女性に名刺を渡し、
「この名前でつくれませんか」
 と頼んだところ、
「そういう人、たまにいるんですけどね。芸能人なんかは認めてますけどね」
 と、ものすごく感じが悪かった。
 私の友人の場合、クレジットカードをつくろうとしたら、主婦だからと断わられたそうだ。まぁ、自分の収入はないんだしと諦めてうちに帰り、たまたま遊びに来ていたお義母さんに話したところ、
「まぁ、うちを誰だと思っているの!?」
 とカンカン。すぐに支店長を電話口に呼び出し怒鳴ったそうだ。するとすぐに支店長と担当者がすっとんできて、平謝りに謝ったという。
 代々の老舗企業で、ものすごい額の預金があるからである。
 ここまでいくと、羨ましさなんか感じない。すごいなあとただ感心する。女一人で頑張ったってタカがしれてるなぁと、しみじみ思い知らされる時だ。
 今日、某大手IT企業の奥さんとランチをした。その方がこの「美女入門」の愛読者だったのだ。こちらの方がドキドキ。
 超お金持ちの奥さん、しかも若くて美人。センスのいいお洋服を着て、胸元にはダイヤのチェーンがさりげなく光っていた。
 最近のお金持ちは、奥さんにも株を持たせるから、ご本人もとんでもないお金持ち。だから自由になれる。今自分で、いろんなお店をやっているそうだ。
 こういうのって、本当にいいと思いません?
 ご主人と知り合ったきっかけは、職場が同じだったそうだ。上の年代にも職場結婚は多い。ずっと以前、日本を代表する企業の会長夫人とカラオケをしたことがある。七十代だから、ふつうに高卒でお勤めしたそうである。そんな彼女にエリートの彼がひと目惚れしたみたい。
「その時、これほど出世すると思いましたか」
 と質問したら、
「全く思ってもみませんでした。だけど、とても責任感のある人でした」
 あの時代は職場結婚がとても多かったはずだ。将来会長になる人と、係長止まりの人の違いはそれほどはっきりしていなかっただろう。それなのに会長夫人はすっごいあたりクジをひいたのである。
 こう考えてみると、将来玉の輿に乗る、というのはものすごい偶然のタマモノだ。
 しかし最初から、当然「玉の輿に乗る」というのがわかっていた結婚もある。
 私の友人は大学生の時に、某大企業の令嬢の家庭教師になった。そしてそのお兄ちゃんに見染められて結婚。今は社長夫人である。
 もう一人、社長夫人の友人がいる。この方のダンナさんの会社もすごい。日本人なら誰でも知っているトップ企業。
「どこで知り合ったの?」
 と聞いたところ、インカレで東大のスポーツ部のマネージャーをしていたという。
 彼女も社長夫人でありながら、自分で仕事を持ちバリバリ働いている。が、女一人で働くのと、後ろにダンナがいるのではまるっきり違うかも。
 いいな、いいな、本当にいいな。ダンナさんはみんなやさしく、お金持ちでもエバったりしない。奥さんと二人、しょっちゅう海外へ行っている。
 いいなーを連発し、私はふと自分に問いかける。
「アンタ、まさか幸運だけで玉の輿に乗れたと思ってるわけじゃないでしょう。そう思ったら大間違いだよ」
 そう、彼女たちは名のある大学に通い、その場にいた。そういう場所に。
 努力もしない、魅力もない、勉強もしない女たちが、そういう場所にいるわけはない。
「玉の輿」が空から降ってくると思ったら大間違い。若かった私はそういう場所に行けなかった。だから自分で頑張って、自分の場所をつくるしかないのだ。

女の偏差値

— 林真理子 著
  • ページ数:256頁
  • ISBN:9784838730483
  • 定価:1,296円 (税込)
  • 発売:2019.05.23
  • ジャンル:エッセイ
『女の偏差値』 — 林真理子 著

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