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車いすの生活を快適に変えるため「シーティング」を普及させたい。

あなたに伝えたい

車いすでの生活に新たな可能性をもたらす「シーティング」という技術。日本での普及が期待されます。

車いすの生活を快適に変えるため
「シーティング」を普及させたい。

山崎泰広さん
やまざき・やすひろ アクセス インターナショナル代表取締役社長
骨盤の模型を手に、シーティング用クッション(左奥)の重要性を語る山崎さん。社長業、講演、ダイビングと多忙な日々。
骨盤の模型を手に、シーティング用クッション(左奥)の重要性を語る山崎さん。社長業、講演、ダイビングと多忙な日々。
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車いすの子を持つ親に向け書いた著書『運命じゃない!』(藤原書店)。

 
日本ではまだ聞きなじみのない「シーティング」。車いすに乗る人が快適に良い姿勢を保つための技術や機器のことだ。

「車いすを使う人はまひや筋肉の衰えによって正しい姿勢をとることが難しくなり、体が傾いたりずり落ちて姿勢が崩れてしまう。その結果、体の変形や褥瘡、脱臼などの二次障害に苦しむ人が多い。シーティングはそれを防いで自立を促す画期的な技術なのです」と山崎泰広さん。自らも車いすを操り、全国でシーティングの大切さを訴えてきた。

19歳の時、留学先のアメリカで事故により脊髄損傷し、下半身まひとなった山崎さん。帰国後は身体障害者の自立を支援する機器の販売会社を設立し、32歳の時にはバルセロナ・パラリンピックの100メートル平泳ぎで6位入賞を果たした。

「実は当時、お尻左側の坐骨の褥瘡が悪化し手術を繰り返していました。パラリンピックの翌年にアメリカで7回目の手術を受けた際、初めてシーティングのことを知ったのです」

それまでは背を丸めて左側に傾く座り方のくせがあった。手術後、現地の理学療法士に「あなたの骨盤は傾いている。このままでは何度手術しても同じですよ」と言われ、左右のバランスを変更したクッションと、骨盤を支えるバックサポートを車いすに設置してもらった。

「それで褥瘡が完治したんです。おまけに長時間乗っても疲れない。これをぜひ日本でも広めたいと考えて、欧米で技術を学び、セミナーを開いて指導を始めました」

セミナーには、脳性まひなどの障害を持つ子どもたちも多く参加する。生まれた時は体が真っ直ぐだったのに、車いすでの悪い姿勢により、背骨が横に曲がる「側彎」、骨や関節の形が変わる「変形」などの二次障害が生じてしまった子どもたちだ。

「家族の方が、二次障害は仕方がないこと、運命だ、と思い込んでしまっているのが残念でした。適切なシーティングを提供すれば予防と改善ができることが、いまだに医療・福祉・介護の世界で共通認識になっていないのです」

シーティングをした子どもたちの親からは「長時間座れるようになり初めて旅行ができた」「顔が正面を向き電動車いすの操作が可能になった」「仕事に就けた」などと、喜びの声が寄せられている。

山崎さんは、シーティングは日本の高齢化対策としても重要だと力説する。「ベッドで寝たきりになったお年寄りは、体位交換など介護が大変です。でもシーティングをした車いすに座ると、快適で活動しやすいので本人が意欲的に生活を楽しめるようになり、介護の負担が大幅に減るのです」

車いすは、日本では「移動手段」というとらえ方が根強く、座り心地や姿勢保持は二の次だった。「欧米では『生活の場』、『利用者が残存機能を発揮し自立するための場所』と考えられ、新機能やシーティング技術が次々と開発されています。日本でも意識改革を起こすことが私のライフワークです」


撮影・千田彩子 文・魚住みゆき