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親と暮らせない子たちに必要なのは愛着が持てる温かい家庭なのです。

あなたに伝えたい

4万人もの子どもが家族と暮らせない日本。「子どもは家庭で育つ権利がある」という言葉を知ってほしい。

親と暮らせない子たちに必要なのは愛着が持てる温かい家庭なのです。

土井香苗さん
どい・かなえ 弁護士、ヒューマン・ライツ・ウォッチ日本代表
 
弁護士として国内の難民支援に尽力。2009年から現職。近著は『ヒューマンライツ』(共著、ころから刊)。
弁護士として国内の難民支援に尽力。2009年から現職。近著は『ヒューマンライツ』(共著、ころから刊)。
要保護児童に占める里親委託児童の割合
(2010年前後の状況)
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他の先進国と比べ、日本の里親委託率は極めて低く、施設養護への依存が高いことが分かる。
出典:厚生労働省「社会的養護の現状について(参考資料)」平成26年3月。日本のデータは2011年3月末時点のもの。


親の育児放棄や虐待、薬物依存などで家族と暮らせない子どもは日本で約4万人。特別養子縁組や里親制度により新たな家族に引き取られる子どもはその1割ほどにとどまる。

「乳児院、児童養護施設などの施設で暮らす子が8割以上。先進国の中で突出して多いのですが、それが子どもの人権問題にもつながるという認識が社会にありません」

こう話すのは世界の人権問題に取り組むNGO「ヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW)」日本代表の土井香苗さん。「すべての子に家庭で育つ機会を保障すべき」と国に求めている。

土井さんらの聞きとり調査では、施設で育った子どもたちから「上級生から殴られていた」「ほかの子から性的嫌がらせを受けた」「職員が途中で変わるのは耐えられない」などと、切実な声が集まった。人一倍愛情とケアが必要な子が心を満たされずに育ち、社会に適応できず貧困に陥りホームレスになるというケースも。

「職員が頑張っている良い施設もたくさんありますが、1対1で信頼関係を築ける家庭の環境には及ばない面があるのも事実です。国連の『子どもの権利条約』にも『子どもは家庭で育つ権利がある』と明記されています」

土井さんはある乳児院の見学でショックを受けた。そこでは人手不足のため夜は職員1人が10数人を担当。夜泣きしてもすぐにあやせず、やむを得ず赤ちゃんの枕に哺乳瓶を立てかけて自分で飲ませる方法が日常的に行われていた。

「3歳未満の子が施設で育つと発達に影響が出る可能性も指摘されていて、いずれ乳児院はなくしていくべきだと考えています。赤ちゃんを引き取る特別養子縁組を望む夫婦はたくさんいるのに、行政はほとんど実施できていません」

希望者は民間団体のあっせんに頼っている現状だ。里親制度でも、行政に里親登録をしている人は約8千人いるが、6割は里子を迎えられていない。様々な境遇の子どもを育てる大変さを聞いて断念する人もいる。

なにがこのような状況を生んだのか。土井さんは、国が戦後、施設を拡充する政策を推進し、家庭で養育する環境を充分に整えてこなかったと指摘する。

「子どもの受け入れ先を探す児童相談所は多忙で、養父母や里親につなげるよりも施設を選びがちです。施設側は運営のためにも子どもを受け入れたい、実親は他人に子どもを渡すのを嫌がる……と大人たちの事情が優先され、子どもの利益が後回しにされてきた結果なのです」

HRWなどの働きかけもあり、今後、児童福祉法の改正法案に「就学前は家庭養育が原則」という文言が入る可能性が出てきた。土井さんは国の政策転換に期待をかける。

「養父母・里親の研修や支援をするシステムを作り、安心して子どもを預かることができる環境を実現していきたいですね」

ある児童養護施設の女子小学生の8人部屋。個人の空間はベッドの上だけ。プライバシーを保つのはベッド間の薄いカーテン。
ある児童養護施設の女子小学生の8人部屋。個人の空間はベッドの上だけ。プライバシーを保つのはベッド間の薄いカーテン。

ベビーベッドが所狭しと並ぶ乳児院。定員35人で寝室は2部屋。 上下の写真提供:猿田佐世(ヒューマン・ライツ・ウォッチ)
ベビーベッドが所狭しと並ぶ乳児院。定員35人で寝室は2部屋。
上下の写真提供:猿田佐世(ヒューマン・ライツ・ウォッチ)



撮影・千田彩子 文・魚住みゆき