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第19回 夏の夜のお楽しみ


ペリカン戸田の遠い夜明け

ペリカン戸田の遠い夜明け sun
クウネル編集部の戸田史です。「いちおう最年少ですが、三十路半ばです」と自己紹介し続けて幾歳月。三十路半ばずいぶん前に卒業したけれど、最年少編集部員からはなかなか卒業できません。ここでは、編集部で(主に)夜な夜な起こる、ヘンな出来事やちょっといい話などをご紹介していきたいと思います。
 

第19回
夏の夜のお楽しみ

5月から6月にかけて、取材でたくさんの庭を訪ねました。可憐な白い花の咲く庭や、苔やサボテンがずらりの庭。もじゃもじゃのつる植物に覆われた庭、野菜がすくすく育つ庭。大きな庭も、ささやかなベランダの庭も、みずみずしい、いきいきとした緑に溢れていました。庭の持ち主たちは誰もが、日々、時間の許す限り土をいじり、葉を触り、植物に気持ちを傾けていました。この心こそが、植物にとってのいちばんの栄養(かな)。園芸のテクニックよりも、大事なことのように思えました。

さて、そんな庭取材での楽しみのひとつは、いままで自分の知らなかった植物を眺めたり、触ったりできることです。とあるお宅を訪ねたとき「これ知ってる? 育ててみて」と差し出された小さな鉢。植わっていたのは、ジャスミンに似た、しゅっと細長い濃緑の葉を持つ「夜香木(ヤコウボク)」という植物でした。夏から秋にかけて白くて細長い花を咲かせ、しかも夜のあいだだけ、えもいわれぬ良い香りを放つそうで、別名「夜来香」とも呼ばれるのだとか。李香蘭やテレサ・テンの唄う『夜来香(イエライシャン)』とはこの植物のことだったのですね(古い?)。なんとロマンチックな! 野菜ばかり育てているペリカンのベランダには不釣り合いに違いありませんが、ありがたくいただいて帰りました。

仕事を終えて家に帰ってきた夏の夜、窓を開けるとベランダからふわりといい香りが…。きっと幸せだろうなぁ。暑さも疲れもふっとぶだろうなぁ。そんな日が早くやってくるようにと、「夜来香」のメロディを鼻歌で聞かせながら、せっせと育てている今日この頃です。