マガジンワールド

第13回 その場の空気


madros-parts
僕はカメラマンのマドロス陽一こと長野陽一と申します。この度、5冊目の新刊『長野陽一の美味しいポートレイト』(HeHe) という料理の写真集を出版します。その中にはku:nelで撮り続けてきた料理写真もたくさん掲載されています。それらは美味しさだけではなく、料理を通して取材対象者の暮らしやストーリーを伝える写真たちです。島々のポートレイトを撮るように料理も撮り続けてきました。そして料理写真はポートレイトだと考えました。それを“美味しいポートレイト”と名付けます。ここでは旅した島で見たこと感じたことや、写真の話をしたいと思っています。

http://yoichinagano.com/

 

第13回
その場の空気

その場の空気

島を巡るひとりぼっち旅で、宛てもなく野良犬のように海辺を歩いたり、港の食堂で定食などを注文したりしていると、ふと「なにやってんだろう」と思うことがあります。ひとりでいると考え事もひとり歩きをはじめるので、気がつくとブツブツとひとり言を呟いていたりします。これではいつ危ない人に間違えられても仕方がありません。

先日、ロケ先だった姫路から少し足を伸ばし、ひとり瀬戸内海の小豆島に行ってきました。いつも港に着くとまずは観光案内所で地図をもらい、コーヒーを飲みながらどこで写真を撮ろうか、気ままに行き先を決めるのですが、今回訪れた小豆島は自転車やレンタルバイクでは回れないくらい大きな島。レンタカーを借りようかと悩んでいると、観光バスの看板を見つけました。たまにはひとりではなく、バスガイドさんに島を案内してもらうのも良いかもと「島めぐり定期観光バスの旅」に参加することに決めました。

観光バスは半日かけて小豆島の観光名所を巡ります。朝、土庄<とのしょう>港を出発。ギネスブックに載っている世界一狭い海峡を渡り、銚子渓<ちょうしけい>お猿の国で猿のショーを見学。そして瀬戸内海が一望できる美しの原高原と日本三大渓谷に認定され、秋は紅葉が綺麗な寒霞渓<かんかけい>で絶景を眺めます。午後は島を代表する観光名所、壷井栄原作の映画『二十四の瞳』の舞台となった、二十四の瞳映画村で昭和を体感し、それから日本で初めて栽培に成功した島の名産、オリーブ公園でお土産を買う。自然現象で白くなった孔雀が珍しい孔雀園へ立ち寄り、夕方には土庄港到着、解散という予定。

予想はしていたけれど、平日のその日は乗客は少なく、全部で11人ほど。ほとんどは初老のご夫婦でした。バスガイドさんの熟練された、まさに天職といった声で「おはようございます。みなさまの日頃の行いがよいのでしょうねぇ。今日は快晴に恵まれましたが、お客さまが少ないですねぇ。私を含め12人です、、、という事は二十四の瞳ですねぇ」と挨拶。乗客は「うまい!」と拍手(うまいか?)。その挨拶でみんなの心を掴んだのか、車内に一体感のようなものが生まれた。いつもひとりで旅しているマドロスはその場の空気に少し居心地の悪さを感じた。更にバスガイドさんは「皆様どこからお越しですかー?」とひとりひとりに質問をしはじめる。県民性やその土地の小話などを交えた自己紹介が始まった。頼むから放っておいておくれと寝たふりでもしてやろうかと思ったが、何せ座席が2列目でそうもいかない。バスガイドさんは「珍しくお若い方がお一人で、どちらからお越しですか?」と、マドロスの番が回ってきた。「東京です」と普通に答えればいいのに、関西や広島の方が多かったせいか、その場の空気で「福岡から来ました」となぜか出身地を答えてしまった。

以後、なるべくバスガイドさんとは目を合わせないように(放っておいて欲しかったので)気をつけていた。それにしても毎日の事とはいえ、テンポ良く乗客と会話を弾ませながらの観光案内は、車の走りに合わせた、全く無駄のないプロの仕事ぶりだった。二十四の瞳映画村に向かう30分という長い道のりでは、バスガイドさんのラジオドラマのような『二十四の瞳』の原作の朗読(ほとんど一人芝居)が始まる。しんみりとした車内に響くバスガイドさんのセリフ一言一言にうなずく初老のご夫婦方は窓から見える景色に思い出を重ね、陶酔しきったご様子。お次は島の代表歌『オリーブの歌』を熱唱(もちろんバスガイドさんが)その場の空気でマドロスもみんなに合わせ手拍子をうつ。

夕方、土庄港に到着。バスガイドさんともお別れのとき、笑いあり、涙あり、歌って喋って、乗客の初老のご夫婦方は「楽しかったよ。ありがとねぇ」とバスガイドさんに拍手喝采していた。最後までその場の空気になじめなかったマドロスはバスを降り、宛てもなくひとり、歩き始めた。

photo2