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第33回 鹿児島県トカラ列島 悪石島編 「代打!カメラマン」


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僕はカメラマンのマドロス陽一こと長野陽一と申します。この度、5冊目の新刊『長野陽一の美味しいポートレイト』(HeHe) という料理の写真集を出版します。その中にはku:nelで撮り続けてきた料理写真もたくさん掲載されています。それらは美味しさだけではなく、料理を通して取材対象者の暮らしやストーリーを伝える写真たちです。島々のポートレイトを撮るように料理も撮り続けてきました。そして料理写真はポートレイトだと考えました。それを“美味しいポートレイト”と名付けます。ここでは旅した島で見たこと感じたことや、写真の話をしたいと思っています。

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第33回
鹿児島県トカラ列島 悪石島編 「代打!カメラマン」

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先日のゴールデンウィーク

20数年ぶりに学校の遠足に行きました。子供の頃、遠足の前夜はワクワクして眠れないなんてことがあったけど、さすがに大人になってそれはなかった。遠足? なんのことやらなので説明しますと鹿児島県に7つの有人島と5つの無人島からなるトカラ列島という島々がありまして、その中心に位置する悪石島(あくせきじま)に行ってきました。

島へは空の便が無いため、鹿児島港と奄美大島の名瀬港を週二便ほど(月によって異なる)往復するフェリーが唯一の交通手段。既にテレビでも報じられていますが、今年7月22日にこの島々で世界で最も長い時間、皆既日食が観られることから、いま注目を集めています。

悪石島の人口は80名程で島の周囲は8・8キロ。半日歩けば島のほとんどの場所に行け、その日のうちに村の人々と「こんにちは」と2度目の挨拶ができるくらいの大きさです。見どころとしては盆行事であるボゼ祭りに特色があり、日本のものとは思えない神様ボゼの姿が人気で毎年島へのツアーが組まれる程。なにより『悪石!』という強烈な響き。その由来は落石が悪石になったとか、定かではありませんがその名のとおり島は断崖絶壁。落石があっても不思議ではありません。

そんな悪石島であてもなく村をフラフラ徘徊していると授業を終えた小中学校の先生が声をかけてくれました。しばらく立ち話をしていると、明日は遠足だと言うので「同行してもよいですか?」とお願いすると、快く了解してくれたのです。

それで島の遠足に行きました。旅行者が同行するのはちょっと変ですが、島では全然OKなのでした。翌朝、出発の近づくと各家庭の小さなスピーカーから、「晴天には恵まれたが海が時化ているので、東海岸での海遊びを止め、やすら浜港で釣りをします」と島内放送が流れた。

小中学校の生徒は全員で9名、先生はもちろん父母や時間のある島民みんなが参加する。どこかで「今回、遠足に参加させて頂きます!カメラマンの~」のような自己紹介を兼ねた挨拶をせねばとチャンスを伺うも、そんな必要も無く和気あいあいと遠足が始まりました。

午前中は村から歩いて30分程の島の生活を支える港『やすら浜港』で釣りをしました。垂らした釣り糸の周りを魚が泳いでいるのが見えるくらい海が透明で、さぞ釣れるかと思いきや2時間が過ぎ、結局父母が2尾程釣ったのみ。釣れなかったことに子供達より悔しがる校長先生を横目に、大人達がお昼ご飯の支度を始めた。

島には商店も食堂も無いので食事は決まって民宿で頂く。民宿のおかみさんにお昼には戻ってきなさいと母親のように言われていたが、味噌汁を作る父母の方々に「お兄さんも食べていきなさい」と誘われ、味噌汁に限らず、漁師の方が差し入れてくれたカツオの刺身、おにぎりやおかずまで分けて頂いた。

「図々しくて、すみません」とぺこぺこ頭を下げながら、あまりの美味しさについついパクパク食べ過ぎてしまいました。ごちそうさまでした。食後、記念に集合写真を撮らせて頂けないかと校長先生にお願いする。同行させて頂いたお礼というよりはどうしても撮りたかったのだ。ここで僕が何者かわかった人もいて、それ以降「お兄さん」から「カメラマン」と呼ばれるようになった。

午後は校庭に戻りキックベースボールをやる。キックベースボールとは野球のルールでドッジボールをバットの代わりに足で蹴る競技。生徒よりも大人の方が多いので、村をあげての試合という印象だったが、生徒が主役なだけに勝敗よりも楽しさにこだわったゲームだった。人数の都合もありマドロスはお母さん達と脇で観戦することに。

生徒達の蹴るボールはそう遠くへは飛ばないのだが、大人の蹴るボールはこんなに飛ぶんだというくらい遠くへ飛んだ。この島の大人達は身長も高く体格もいい。酪農や漁師などの力仕事をしている人が多いからか、ボールは豪快に飛んだ。それを外野でキャッチするのもまた大人の楽しみのようで試合の勝敗は関係無くとも、大人達の勝負は存在しているようだった。ここでもまたどれだけ飛ばせるのか、校長先生が熱かった。男達が真剣に競い合う姿は観ていて清々しかった。

試合も終盤に差掛かった頃、若い男性の先生が「代打!カメラマン」と叫んだ。気をつかってくれたのだ。
「僕はいいですよ~」なんて遠慮することも無く、打席に入った。ボールを転がすピッチャーは中学生女子。
初球からボールを選ばず蹴った。 ボールはそう遠くへ飛ばず、ライナーでセンター前に綺麗に落ちる。ファーストを守っていたおじさんが「さすがやね」と声をかけてくれた。WBCの優勝劇に影響されベース上でイチロー気取りでご満悦だったマドロスはすぐに自分の失敗に気が付いた!

クリーンヒットなどこの場ではなんの意味もなかったのだ。求められていたのはスモールベースボールではなく、どれだけ遠くへ飛ばせるかの男の勝負だった。

この場合、空振りして横転するくらい遠くへ飛ばすアクションが必要だった! おまけに靴を飛ばしてれば100点満点だった。大人達、その中でも特に飛ばすことに熱くなった校長先生の失笑が頭に浮かんで恥ずかしかった。悪石島の皆様、楽しい一日を本当にありがとうございました。

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トカラ列島編、次回も続きます。

平成21年5月20日
マドロス陽一