マガジンワールド

第63回 マドロス陽一の写真便り その13 質疑応答


madros-parts
僕はカメラマンのマドロス陽一こと長野陽一と申します。この度、5冊目の新刊『長野陽一の美味しいポートレイト』(HeHe) という料理の写真集を出版します。その中にはku:nelで撮り続けてきた料理写真もたくさん掲載されています。それらは美味しさだけではなく、料理を通して取材対象者の暮らしやストーリーを伝える写真たちです。島々のポートレイトを撮るように料理も撮り続けてきました。そして料理写真はポートレイトだと考えました。それを“美味しいポートレイト”と名付けます。ここでは旅した島で見たこと感じたことや、写真の話をしたいと思っています。

http://yoichinagano.com/

 

第63回
マドロス陽一の写真便りその13
質疑応答

師走。
一年前のコラムを読み返してみると
「結局、写真のことばかり考えた一年だった。来年も写真のことばかり考えられる一年にしたい」と書いてある。それを理由に、今年はこのコラムで写真のことばかり書いた。
夏にこれまで撮った料理写真をまとめて写真展と写真集を出版し、雑誌のインタビューや原稿、書店でのトークショーなどで自分の写真を振り返り、言葉にする機会を多く頂いた。
何を考え、どう被写体と向き合っているか。カメラマンとして特に言葉にする必要のなかったことをあれこれ考え、あえて言葉にしないことも大切だということも知った。
今年も写真のことばかり考えた一年だった。

写真または撮影行為について言葉にしたことで印象に残るのは、トークショーでの質疑応答のこと。トークショーは対談形式で行い、その最後に参加して頂いた方からの質疑応答の時間が設けられる。参加者は同業者や写真好きな方が多く、対談相手への質問は知らなかったことが聞けたりと新鮮だった。予測できないその展開から会場に一体感が生まれ、内容もグッと濃くなるのが質疑応答の面白いところだ。

僕に対して多かった質問は「美味しそうに撮るにはどうすればよいですか?」や「どういう瞬間にシャッターを押しますか?」というものだった。その答えとして、ワークショップのように実演して説明できれば事例として明確なひとつの答えとなるが、トークショーでは何ミリのレンズを使って、光の向きはこの向きがよいなどと話しても、目の前にカメラも料理もないので説得力がでない。なので技術的な話は例えとして端的に述べつつ、美味しそうな写真とはなんなのか、そのためにどう立ち振る舞っているのかといった考え方の話をする。
ただ、実際に食べて美味しい瞬間に撮影すれば美味しく写りますというのが、真っ当な答えだと思っているし、出来れるだけその瞬間にシャッターを押したいと思っている。
しかしそれだけでは写真として十分な条件でないことがある。例えば熱い料理だと出来立ては湯気が多く、写真にすると白くて素材がわかりにくい絵になる。温度や時間によって形が変わる素材、例えば海苔や麺、ちょっとだけのせた葱や生姜などすぐにしなっとしてしまうものは、できればシャッターを押す直前に配置したい。料理写真は、料理とその状態、温度(室温も)、光、器など写り込む物質、それらの配置など、様々な要素が重なって出来ている(料理写真に限らずか…)。だからこうすれば美味しそうに撮れますと言葉にするのは難しいと、これまでは対談相手の経験談も交えながら、そんなふうに話をしていました。

そして先日の今年最後のそれで、そんな話の先に、ある言葉を言ってしまった。
それは美味しそうに撮るために必要なその瞬間は「カメラマンが決めます」ということ。
実に当たり前のことだが、それをなかなか言えずにいた。
きっと「美味しい」という事実があってその瞬間にシャッターを押せば、それはそのまま写真となり見る人にも伝わる。そうであってほしいという願いを写真に対して持っているからだと思う。
だからこそ、できるだけ食べて美味しいその瞬間にシャッターを押したいと思っている。
ただ様々な条件に目を凝らし、考え、美味しそうな写真を想像できるのがカメラマンなのだとしたら、カメラマンが写真にとっての美味しい瞬間を決めるべきなのだと思い、つい口から出た言葉がそれだった。
全くもって質問の答えになってないかもしれないが、それでいいと思った。



平成26年12月20日
マドロス陽一