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第49回 マドロスのスナックの歩き方 其の1


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僕はカメラマンのマドロス陽一こと長野陽一と申します。この度、5冊目の新刊『長野陽一の美味しいポートレイト』(HeHe) という料理の写真集を出版します。その中にはku:nelで撮り続けてきた料理写真もたくさん掲載されています。それらは美味しさだけではなく、料理を通して取材対象者の暮らしやストーリーを伝える写真たちです。島々のポートレイトを撮るように料理も撮り続けてきました。そして料理写真はポートレイトだと考えました。それを“美味しいポートレイト”と名付けます。ここでは旅した島で見たこと感じたことや、写真の話をしたいと思っています。

http://yoichinagano.com/

 

第49回
マドロスのスナックの歩き方 其の1

福岡県筑紫野市で暮らす母は、田舎の小さな飲屋街にあるスナックのママとして長年働いてきたが、この春に引退した。
お店の名は『スナックふれあい』。
20年以上もの間、お店を続けてこれたのは、毎日飽きずに通ってくれた常連客のお陰だと母はよく話した。
…と、母のお店『スナックふれあい』が4月に閉店したことを最近、新聞や雑誌などで写真とともに、原稿に書いた。母への感謝や労いの気持ちを言葉に出来て少しは親孝行が出来たと、機会を与えて頂いた方々に心から感謝している。一方、書きたかったが書けなかったことがある。それはスナックの魅力について。
この「おもかじいっぱい」で今回から数回に分け、島や村での出来事を交えながらスナックとその魅力ついて書きたいと思う。
20代の頃は時間を持て余した酒好きの大人たちが時代遅れの演歌ばかり歌っている退屈な場所だと毛嫌いしていた。正直、そこで働く母のことも同じように思っていた。
ただ、里帰りしても田舎なので酒場にお店も少なく、母のお店で飲むことが多かった。そうして次第にスナックの楽しさを知り、母のお店に限らず、島や地方での撮影、取材に訪れた被災地でもその日の終わりにその土地のスナックに通うようになった。日本中にコンビニはなくともスナックはあるという田舎町は少なくない。
スナックがどのような場所か簡単に説明すると、カウンターにいるママが、おつまみや軽食(これがスナックの意味らしい)、お酒(高価なものから安価なものまで)をお客に出し、客同士やママとの会話を楽しむ酒場である。カラオケがあるのが特徴で、ママもお客も分け隔てなく歌い、話し、飲む。その光景はNHK朝の連続テレビ小説『あまちゃん』で宮本信子や小泉今日子がママを演ずるスナック『梨明日(りあす)』のシーンで一般的にも広く知られることになった。同じ顔ぶれが毎夜カウンターに座り、繰り広げられる人間模様。スナック『梨明日』に限らずどの土地のお店にもそれはある。
センスが良いと言えない怪しい看板と、近付き難い閉鎖的な門構えがスナックの第一印象だ。初めてのお店に入るのに少し勇気がいるかもしれない。まずはその重い扉を開けて覗いてみるだけでもいいと思う。「だめだ!こりぁ!!」と思えばそのまま帰ればいい。洞察力や勘、己が試されるが、そのことを楽しむことが出来ればなにも心配はいらない。料金が心配なら最初にママに聞いても失礼にはならない。
スナックの店内は居酒屋のように広くない(ところが多い)。赤いビロードのソファや鏡ばりの壁など派手なお店もあれば、ふつうの家の和室のような地味なお店もある。その仕様や広さに関係なく、お客さん同士の距離感が近いのもスナックの特徴だ。交わされる会話はお酒の勢いで筒抜けだし、誰かがカラオケを歌えば、聴かなければならないような雰囲気が漂う。出来れば最後に拍手をしたほうがよいだろう。決してバーのようにひとりで静かに飲むところではない。仲間同士で話がしたいなら居酒屋の方がよいだろう。放っておいてくれない酒場、それがスナックだ。(放っておいてくれる素敵なお店もあるが、全てはママの器量にかかっている)
そう書くと面倒臭い場所のようだが、放っておいてくれない分、出会った人とのコミュニケーションに特別な理由がいらない。カラオケを一緒に口ずさめば「この歌、よく知っているね。どこから来た?」と自然と会話が生まれる。被写体となる方や取材する相手を紹介してもらったことも少なくない。
知らない土地や人口の少ないところだと、特に男性旅行者は不審者と見られても仕方がない。島でも村でもにその土地に暮らす人に顔を覚えてもらうことは大切である。散歩していて「昨晩ママのところで飲んでたね」とバッタリ会った人に声をかけてもらえたら、その土地が更に身近に感じる。
次回に続く…。

平成25年7月20日
マドロス陽一