マガジンワールド

第16回 おばあ・オー・マイ・マインド


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僕はカメラマンのマドロス陽一こと長野陽一と申します。この度、5冊目の新刊『長野陽一の美味しいポートレイト』(HeHe) という料理の写真集を出版します。その中にはku:nelで撮り続けてきた料理写真もたくさん掲載されています。それらは美味しさだけではなく、料理を通して取材対象者の暮らしやストーリーを伝える写真たちです。島々のポートレイトを撮るように料理も撮り続けてきました。そして料理写真はポートレイトだと考えました。それを“美味しいポートレイト”と名付けます。ここでは旅した島で見たこと感じたことや、写真の話をしたいと思っています。

http://yoichinagano.com/

 

第16回
おばあ・オー・マイ・マインド

おばあ・オー・マイ・マインド

「来るのが少し早かったねぇ~。3月には泳げるようになるのにさぁ~」沖縄県伊是名島<いぜなじま>、長年、たった一人で民宿を切り盛りしているおばあは、沖縄訛りでそう言った。

島には一足早い夏がそこまで来ているのだろう。ビーチサンダルに履き替え、夕方の伊是名ビーチに向け自転車をこぐ。白い砂浜に打ち上げられた珊瑚と貝殻達。島の少年達がカニの掘った小さな穴を見つけ、カニと遊んでいる。珊瑚の岩が積み上げられた塀。それに囲まれた沖縄民家と細い道がこの集落の昔から変わらないであろう景色。木製の電柱に取り付けられたメガホン型のスピーカーからは夕方5時の懐かしいサイレンが「ウゥゥーーー」と鳴り響き、続いて「ホントにホントにありがとう♪年金、年金さ~ん♪」となぜか国民年金の歌(こんな歌、あったんだ)が流れ出す。この島のいつもの夕暮れ時なのだろう・・・

伊是名島は沖縄北部にある離島。沖縄本島の運天港<うんてんこう>から一日二便、フェリーが出ている。近年、市街地からの港へのバス路線の廃止により交通が不便になったことに加えて、マドロスが訪れたこの日は平日で、しかも春先のシーズンオフ。島への観光客はほんの数名だった。知人に以前、島で唯一の赤瓦の沖縄民家の民宿という以外なんの特別な理由もなくこの民宿を勧められ、マドロスもなんの特別な理由もなく そこを訪ねた。おばあの民宿は朝ごはんと夕食の2食付き。 本土から5人も宿泊客が来ている。 きっとこの民宿の人気のヒミツがなにかあるのだろうな。

日が暮れ始めビーチから帰ると「ごはんですよ~」とおばあの声。夕飯の時間だ。おばあにお盆を手渡され、自然と宿泊客全員が配膳を手伝う。(おばあ、なんだか合宿みたいですね)今夜のメニューはコロッケとマグロの刺身ともずく。(おばあ、とてもおいしいけど郷土料理ではないのですね)沖縄なのに日が暮れると冷えるから全員でコタツを囲んだ。(おばあ、電源を入れなくてもいいくらいの微妙な寒さだね)整形で女性が美しく生まれ変わる番組のテレビを見る。涙ながらに自分に整形が必要だと訴える女性を見て笑うおばあ。(おばあ、そこ、笑うところじゃないですよ)その夜この民宿にいるみんなが今日初めて出会ったというのに、なんだか家族みたいだ。(おばあを中心とした一体感はなに?)

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翌朝、晴れ。朝ごはんに納豆と明太子と島らっきょうとサバの塩焼きを頂き、午前中は沖縄民家には必ずある南の縁側でボーッと過ごす。本を読んだり、何もしないでいると縁側にはいろんな役割があることを知った。玄関があるのに皆、縁側から出入りをしているし、ポストがあるのに「沖縄タイムス」も郵便物も縁側に配達される。当然のように鍵はかけず開けっ放しだ。ご近所友達がとれたての野菜をお土産に立ち話ならぬ座り話をし、学校に上がる前の子供達が遊んでくれとちょっかいを出してくる。ネコが来たり、犬が来たり、蝶が跳んできたり、時折吹く南風が気持ちいい。おばあに買い物を頼まれたと長靴を持ってきたおじさんに、今夜は大潮だからと深夜の真っ暗な海に夜漁<いざり>に連れて行ってもらう約束をした。

知人に勧められるがまま宿泊したおばあの民宿だけど人気のヒミツは島の人々とのふれあいと何気ない島の時間なんだろう。特別な料理も気の効いたサービスもなかったけれどなんだか帰りたくないなぁと結局5日間もいてしまった。途中、おばあが那覇の病院に行くからと言って帰ってこない日もあったっけ。その日は客同士ふたりだけでほったらかしですか?でもおばあに「おかえりなさい」と言いたくて次の日、縁側でずっと帰ってくるのを待っていた。いつのまにか「おばあ・オー・マイ・マインド」

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