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第21回 ウドのヘンニョン


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僕はカメラマンのマドロス陽一こと長野陽一と申します。この度、5冊目の新刊『長野陽一の美味しいポートレイト』(HeHe) という料理の写真集を出版します。その中にはku:nelで撮り続けてきた料理写真もたくさん掲載されています。それらは美味しさだけではなく、料理を通して取材対象者の暮らしやストーリーを伝える写真たちです。島々のポートレイトを撮るように料理も撮り続けてきました。そして料理写真はポートレイトだと考えました。それを“美味しいポートレイト”と名付けます。ここでは旅した島で見たこと感じたことや、写真の話をしたいと思っています。

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第21回
ウドのヘンニョン

ウドのヘンニョン

夏も終わってしまいましたね。秋がくると「今年の夏は海に泳ぎにいけなかったな」なんて、ちょっとだけ後悔することがありますが、マドロスは今年の夏、泳ぎに泳ぎまくりました!というのも8月の初めに再び韓国のチェジュ(済州)島へ行き、そこから更に南に位置するウド(牛島)という離島へ海女(あま)さんの写真を撮りに行ったからです。

海女さんのことを韓国語ではヘンニョンと言います。ウドはチェジュ島と同様、海女漁が盛んな島で、港には白装束のヘンニョンの銅像がデンッ! と建てられているくらいです。マドロスはヘンニョンが海に潜る瞬間の写真が撮りたくて、宿泊した民宿の女将(おかみ)、チャン ナム ヨォンさんに海女漁のポイントを聞いて、レンタル自転車に乗ってヘンニョンを探しました。

ヘンニョンを発見するのにそんなに時間はかかりません。海を見渡せば、ウエットスーツ姿のヘンニョンの頭だけがプカプカと海のあちらこちらに浮かんでい ます。岸から50メートルも離れていない浅瀬でヘンニョン達はまるで畑を耕すかの様に潜水をくり返していました。マドロスは防水ケースにコンパクトカメラをセットし、それを首から下げ、水中眼鏡をかけ、Tシャツを脱ぎ「サジヌル チゴト  トゥェヨ ?(写真を撮ってもいいですか)」とそれに対する答え「トゥェヨ(いいです)」と「アンドゥェヨ(嫌です)」の撮影交渉に最低限必要な言葉を憶えて、いざ海へ!きっと断られるのだろうなと思いつつ「サジヌル チゴト トゥェヨ?」とヘンニョンに聞いてみました。

ヘンニョン:「写真? ええよ、ええよ、あんた、イルボン(日本人)か?」

ウドのヘンニョン

※マドロスは韓国語を全く話せないので、ここからはきっとこんな会話になってたのではないかという推測を書かせて下さい。

ヘンニョン:「ほれ! 食え! アワビだよ」なんとヘンニョンがその場で獲れたアワビをくれました。

マドロス:「わぁ! 食べていいんですか! 頂きまーす!」泳ぎながらアワビをほおばる、潮の味! うまい!

ヘンニョン:「おいしいか? ウドのアワビは最高だからな! また獲ってきてやっから」と再び潜る海女さん

マドロス:「カムサハムニダ!」嬉しいけれど、そろそろ立ち泳ぎも限界です……。足がつりそう~助けて~。太陽が少しづつ傾き、空が深い青に変わっていきます。ウドの大きな空に8人のヘンニョン達が海面に上がってきたときに呼吸する「ヒューヒュー」という独得な音が響き渡ります。

ヒュー、  ヒュー、  ヒュ~
そして時に「カーーッ、ぺッッ!」という唾を吐く音
ヒュー、  ヒュー、  ヒュ~
カーーッ、 ぺッッ!
ヒュー、  ヒュー、  ヒュ~
カーーッ、 ぺッッ!

ウドのヘンニョンのほとんどはおばあちゃん達でした。若い方でも50歳くらいでしょうか。現在では海女漁を継ぐ若い女性は いなさそうでした。でもおばあちゃん達はとにかく元気でした。普段は松葉杖をついてても、海では自由に泳ぎまわっていたり、ウエットスーツを着ているとはいえ、3時間以上も海中にいられることはすごいことだと思いました。女性に比べると体脂肪の少ない男にはとても海女漁は勤まらないでしょう。

ヒュー、  ヒュー、  ヒュ~
ヒュー、  ヒュー、  ヒュ~

日も沈む頃、貨物用のトラクターに乗った男達がヘンニョンの水揚げを岸で待っています。海中では浮力があるため、さほど重くないアワビ、海 藻、サザエなどがパンパンに入った網の袋が、陸に上げると海水を含んで、なんと重いことやら。荷台に乗せるのに男手が三人必要でした。

ヘンニョン達は強くてやさしかったです。今日もウドの海ではヒュー、ヒュー、ヒュ~とヘンニョン達の呼吸の音が鳴り響いていることでしょう。

ウドのヘンニョン