第59回 マドロス陽一の写真便りその9「写真と印刷編」
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第59回
マドロス陽一の写真便りその9
写真と印刷編
「ここのお肉の部分、もっと立体感を出したいからMとYをちょっと抜いてみようか」。
紙とインクの匂い。輪転機やオフセットの印刷機のまわり続ける音が工場内に響く。CMYKの4色の判が重なり、印刷されたばかりの生乾きの紙が大きな印刷機から一枚抜かれる。それを色評価用蛍光灯に照らされた台の上に置き、校正紙と見比べ、赤字と呼ばれる訂正の指示が反映されているかどうか、隅々まで目を凝らす。そこへ凸版印刷のプリンティングディレクター、千布宗治さんの的確な指示が入った…。
きょうからはじまる料理写真展にあわせ、5冊目となる写真集を出版します。その名も『長野陽一の美味しいポートレイト』。料理写真集です。先日、その印刷立ち会いにいってきました。印刷立ち会いとは、アートディレクター、プリンティングディレクター、編集者、著者がテスト刷りした色校正をもとに現場で確認を行うこと。今回の料理写真のほとんどが『ku:nel』や『雲のうえ』(北九州市発行)でアートディレクションを務める有山達也さんとの仕事で撮影されたもの。写真展と写真集のタイトル、本の装丁も有山さんにディレクションして頂きました。プリンティングディレクターは凸版印刷の千布さん。『ku:nel』本誌のプリンティングディレクターでもあり、僕の2冊目の写真集『島々』(2004年)も担当して頂きました。料理写真もいつも『ku:nel』で千布さんに担当してもらっているので心強かったです。
僕らカメラマンは撮った写真を印画紙だったり、データで印刷所へ入稿します。印画紙もデータもカメラマンが表現したい色調や質感を十分に兼ね備え、オリジナルプリントなどはそれ自体が完成品となるわけですが、印刷物の場合は写真は最終形ではなくあくまで原稿です。印画紙、ポジフィルム、データ、それぞれに長所と短所があり、その短所が印刷物になることでより目立ってしまうことがあります。普段、僕らが目にしている雑誌や広告、ポスターなどの写真の多くはアートディレクターとプリンティングディレクターの技術で原稿の短所が補われ、より見やすく整理されたものです。もちろんオリジナルプリントや原画と全く同じように印刷することが目的の印刷もありますが、原稿素材とは違う紙で刷られる以上は同じことが言えます。
料理写真はお皿という小さなものの中に様々な素材が密集しているために、特に立体感や空気感、細部のディテールなどの再現が難しい、と有山さんがよく言っています。それを印刷物にする時、アートディレクターとプリンティングディレクター、今回の場合は有山さんと千布さんの間でどんなやり取りがなされているのか。もちろんその内容に触れることは御法度ですが、写真原稿(僕の場合はプリント原稿)と印刷物を見比べ、それぞれの思いが詰まって、一枚の写真が印刷されることをいつも感謝しています。
写真展「大根は4センチくらいの厚さの輪切りにし、」では、展示作品の半分以上、実際に入稿した写真原稿をそのまま展示しています。出来たばかりの写真集と見比べることも出来ます。お近くにおいでのときは是非お立ち寄り下さい。
来月の「写真と編集編」につづく。
平成26年8月19日
マドロス陽一