マガジンワールド

第11回 海女さん Don’t so cry


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僕はカメラマンのマドロス陽一こと長野陽一と申します。この度、5冊目の新刊『長野陽一の美味しいポートレイト』(HeHe) という料理の写真集を出版します。その中にはku:nelで撮り続けてきた料理写真もたくさん掲載されています。それらは美味しさだけではなく、料理を通して取材対象者の暮らしやストーリーを伝える写真たちです。島々のポートレイトを撮るように料理も撮り続けてきました。そして料理写真はポートレイトだと考えました。それを“美味しいポートレイト”と名付けます。ここでは旅した島で見たこと感じたことや、写真の話をしたいと思っています。

http://yoichinagano.com/

 

第11回
海女さん Don’t so cry

海女さん Don’t so cry

芸能人が世界各国でいろんな体験をする日曜日の夜のテレビ番組を、ついこの間も見ていた。その回は人気グラビアアイドルが韓国の済州島で海女修業をする内容だった。そのグラビアアイドルの姿は ウエットスーツにノーメ イク、と真剣そのもの。アイドルという立場を完全に忘れて本気で潜っている姿は美しく、おもわずテレビに見入ってしまった。彼女のおばあちゃんは本当に海女さんだったと以前、誰かに聞いたことがある。(海女 < あま> とは海で素潜り漁を行う女性達のこと)

去年の夏、三重県鳥羽市の菅島 < すがしま> に行った。この島には“しろんご祭り”というお祭りがある。ふだんは浜辺で暮らす海女さん達が集まり、お祭りのその日だけ禁漁区でもアワビ採りが行われる。一番に採れた雌雄つがいのアワビは神殿に奉納され、それを採った海女さんはその年の豊漁が約束されるという。そしてふだんは全身黒のウエットスーツ姿の海女さん達がその日だけ、昔ながらの白装束になる。そんな海女さん達の写真を撮ろうと日本各地からカメラ片手に多くの観光客が島に集まっていた。年配のカメラ同好会の人達がそのほとんどで、もちろんマドロスも観光客のひとりだ。ホラ貝の合図とともに木の桶を脇に抱えた海女さん達が、いっせいに海へ入って行く。

マドロスも写真を撮ろうと海に入って行く。すると遠くから「じゃまだよ~キミ!じゃま!どいて~キミ!」という声。遠くの岩場の上から、望遠レンズをつけたカメラで海女さん達を狙っていたカメラ同好会の人達だった。マドロスが少しでも前に出ようとすると「キミー!キミー!」と怒られる。海女さんに(勝手に?)近づくなということらしい。カメラ同好会は大勢だから、なんだか自分が悪いことをしている気分になった。「キミー!キミー!」とうしろの声がうるさいのでマドロスは嫌になって海から上がった。それにしても海女さんの人気はすごい。アイドルと化した海女さん達。でも、本当の漁はもっと厳しいのだろうな。潮のうねりにも負けず、長時間潜って、アワビを見つけるそのコツや技術もすごい。アワビを採る海女さん達の姿にいつの間にか見とれていた。アワビ採りを終え、浜に上がってきたひとりの海女さんに声をかけた。

「海から上がったばかりで疲れてると思うのですが、あなたのポートレイトを撮らせてもらえませんか。お願いします」海女さんは息を切らしながらも「いいですよ。一枚だけね」と快く了解してくれた。ファインダーには水中眼鏡の奥に海女さんの強い眼差しがあった。海に生きる女性の瞳、その強さと同時に儚さを持ち合わせる眼差しが確かにそこにあった…… マドロスはそのことだけで胸が一杯になった。

すると突然うしろから「キミ、じゃまだよ~じゃま!」というあの声が……例のカメラ同好会だ。「キミーほら、ちょっとどきなさいよぉ」とズカズカと割り込み、断りもなしに海女さんをバシャバシャ撮り始めたのだ。その中のひとりが「はい、いい顔くださーい」カシャ・カシャ・マドロス……その瞬間キレました。

「お願いして撮らせてもらってんだろうがぁー!(海女さんに)」と大声で怒鳴ってしまった。さっきまでの海女さんとふたりだけの時間を返せ……マドロス我に返り、振り返った。水中眼鏡の奥の海女さんの瞳は悲しそうだった……

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