マガジンワールド

第12回 裸でいる練習


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僕はカメラマンのマドロス陽一こと長野陽一と申します。この度、5冊目の新刊『長野陽一の美味しいポートレイト』(HeHe) という料理の写真集を出版します。その中にはku:nelで撮り続けてきた料理写真もたくさん掲載されています。それらは美味しさだけではなく、料理を通して取材対象者の暮らしやストーリーを伝える写真たちです。島々のポートレイトを撮るように料理も撮り続けてきました。そして料理写真はポートレイトだと考えました。それを“美味しいポートレイト”と名付けます。ここでは旅した島で見たこと感じたことや、写真の話をしたいと思っています。

http://yoichinagano.com/

 

第12回
裸でいる練習

裸でいる練習

「裸で眠ることはあるか」というたわいもないことが一昨日お酒の席で話題になった。マドロス、実はTシャツとパンツを着てないとどうしても眠れないと打ち明けたところ、それは人生のいろんな場面で良くないことがあると、男性よりもむしろ女性に不評だった。とくに、夜の営みの後にそそくさパンツを履くような男は自分勝手に見え寂しい。むしろ終わってからが大切だという意見……。これまで何度か裸で眠ろうと試みたことはある。夏の熱帯夜でも、冬にどんなに暖かい羽毛布団にくるまれていても、やっぱりTシャツ、パンツなしで眠ることができなかった。

裸だと身体が冷えていくのを感じ、お腹をこわすのが心配になるのだ。旅館の浴衣ですら下半身がはだけるのがどうも苦手で浴衣の下にいつもTシャツとパンツ(ふつうかな、これは)を着てしまう。Tシャツとパンツは肌の一部だ! と言ったら、みんなに失笑されてしまった。だから、朝、裸で白いシーツにくるまれて目が覚めるなどということをマドロスはこれまでに一度も経験したことがない。裸で白いシーツ……甘い響き。人生の憧れのひとつだ。

宴の最後には、みんなに「(裸でいることを)練習しろ」と言われた。その翌日、写真を撮りに伊豆七島の式根<しきね>島に出かけた。東京港区の竹芝桟橋からジェットフォイル船で2時間半、伊豆大島を超えた新島の隣に式根島はある。島の観光名所に海中から温泉が湧き出ている海中温泉が4カ所ある。そこで昨晩言われた「練習しろ」という言葉を実践することに決めた。

今日の午後は島の海中温泉をハシゴして裸(水着着用、上半身のみだけど)でいる練習をしよう。民宿に荷物を置いて自転車を借り、まずは一番大きな地鉈<じなた>温泉へむかった。海中温泉は地面から湧いてくる暖かい海水と時折押し寄せる冷たい波が混ざり合い、お湯加減が変化するのが気持ちいい。たまに海から上がり、岩場に大の字に寝転ぶ。身体が冷えてきたらまた海水温泉につかり、暖まる。これを数回繰り返す。そして足付<あしつき>温泉、松が下雅湯、温泉憩いの家といろんな温泉をハシゴした。

夕暮れ時、空も海も赤く染まる頃、島の人々が海中温泉に集まりだした。湯につかり今日の出来事などを話している。マドロスも漁師のおじさんに「兄ちゃん、どこから来た?」話しかけられる。「東京です」と答えると「ここも東京都だよ~」とおじさんは笑った。観光客とのいつもの会話なのだろうけど、ふたりで大声で笑った。おじさんに島のおいしい料理やお酒のこと。今日の漁のことなどを聞かせてもらった。まさに島の時間を裸で満喫した。「僕は裸でいる練習をしています」とはとても言えなかったけど。

とりあえず、お腹をこわすこともお湯にのぼせることもなく、半日、上半身裸で過ごした。服を着て晩ご飯におじさんに教えてもらった郷土料理のお店にいった。島で穫れたアシタバや岩のり、地魚の天ぷらを食べた。そしてこの原稿を書き終えました。後は裸で寝るだけ……おやすみなさい。

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