マガジンワールド

第36回 「師走です」


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僕はカメラマンのマドロス陽一こと長野陽一と申します。この度、5冊目の新刊『長野陽一の美味しいポートレイト』(HeHe) という料理の写真集を出版します。その中にはku:nelで撮り続けてきた料理写真もたくさん掲載されています。それらは美味しさだけではなく、料理を通して取材対象者の暮らしやストーリーを伝える写真たちです。島々のポートレイトを撮るように料理も撮り続けてきました。そして料理写真はポートレイトだと考えました。それを“美味しいポートレイト”と名付けます。ここでは旅した島で見たこと感じたことや、写真の話をしたいと思っています。

http://yoichinagano.com/

 

第36回
「師走です」

師走です。年末進行で入稿日が重なり、バタバタしています。もう5日間暗室にこもりきり、写真のプリントをする毎日です。嗚呼、外に出て散歩したい。なによりお日様が恋しい。ひとりで暗室作業をしていると、機械から出てくる一枚一枚の写真を眺めては、それを撮った時の事など、いろんな事を考えます。

今年の8月夏本番に小笠原の父島に行きました。次号クウネルの取材です。今、その時のプリントをしているわけですが、アリヤマデザインストアから送られてきた小笠原頁のレイアウトがこれまた素晴らしい。今ここで見せてしまいたいくらいです。でも次号まで待って下さい。勿体ぶった原稿になり、誠に申し訳ございません。機械からゆっくり一枚の写真が出てきます。レイアウト一頁目の写真、それは小笠原の海に島の花で編んだレイが船の甲板から投げられる瞬間の一枚、我ながらいい写真だなぁ。

小笠原の父島と東京の竹芝桟橋を結ぶ船、唯一の交通手段であるおがさわら丸。取材を終えマドロスが乗る便は夏休みの間、島に帰省していた人々が多く乗船していた便でした。島民が編んだレイがそれぞれの家族や知人の首にかけられ、港は別れと旅立ちの雰囲気に包まれていました。島出港時にはお決まりの島太鼓の音が別れをさらに演出し、太く低い汽笛が鳴り響くとおがさわら丸はゆっくりと出港します。甲板の乗客達は家族やお世話になった人々へ「ありがとう。さようなら」と手を振り、首にかけられたいくつものレイを海へと投げる。どこまでも深く青い小笠原の海にヒラヒラと落ちてゆくレイ。海と花の色のコントラストがたまらない。…いい写真です。

次号の小笠原取材の記事は写真と文章をマドロスひとりで担当させて頂きました。「インタビューや段取りって、こんなに大変だったんだ」と日頃のライターの方々のご苦労や編集の方々の心遣いを知るいい経験でした。改めて感謝の気持ちでいっぱいです。

機械からゆっくり出てくる一枚一枚の写真に再び想いを馳せ、そんな事も感じるのです。そして機械からまた一枚。今年は不景気だったけれど、いろんなことがあったなぁ。ここに写っている人たちにとって来年もいい年でありますように。それにしても、いい写真だなぁ。何度もひとりで自身を鼓舞し、時に思い出すように誰かに感謝をする。暗闇の中でそんな師走です。

「師走です」 「師走です」

平成21年12月20日
マドロス陽一