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第53回 マドロス陽一の写真便りその3


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僕はカメラマンのマドロス陽一こと長野陽一と申します。この度、5冊目の新刊『長野陽一の美味しいポートレイト』(HeHe) という料理の写真集を出版します。その中にはku:nelで撮り続けてきた料理写真もたくさん掲載されています。それらは美味しさだけではなく、料理を通して取材対象者の暮らしやストーリーを伝える写真たちです。島々のポートレイトを撮るように料理も撮り続けてきました。そして料理写真はポートレイトだと考えました。それを“美味しいポートレイト”と名付けます。ここでは旅した島で見たこと感じたことや、写真の話をしたいと思っています。

http://yoichinagano.com/

 

第53回
マドロス陽一の写真便りその3

関東地方の記録的な大雪の最中、東京を離れ、次号の取材のために石川県の能登半島へ行ってきました。
これまで何度か能登を訪れ、その度に全く違った風景や食文化、人々の言葉を訊き、その土地の奥深さを知ったわけですが、今回の旅のことは次号発売まで語ることが許されないのであしからず。

初めて能登に行った時のことは今もよく覚えている。
それは2004年9月発売の本誌、vol.9『エプロンかけて』で、珠洲(すず)の二三味(にざみ)珈琲のページ「さいはてにて営業中」の取材だった。ライターはベテランの片岡まりこさん、そして担当編集者はペリカンこと戸田史さんだった。

その取材まで、実は珈琲が苦手だった。
酸味の強いものやただただ薄い苦味も好きになれなかった。でも、いつかはお酒やタバコと同じように大人の味を知りたいとその世界にあこがれていた。珈琲の撮影なのに、それが苦手だということを知られやしないか、内心オドオドしながら撮影現場へ向かった記憶がある。
静かな海辺の近くにある舟小屋から、焙煎され薄い煙となって珈琲の薫りが漂い、小さな器に注がれた二三味珈琲のブレンドに、能登の空が映っていた。その光景を写真にし、冷めぬうちに頂いた。
それからというもの珈琲が飲めるようになった。
以来、10年ほど我が家の珈琲は二三味珈琲のブレンドだ。リビングでも暗室でも、いつも二三味ブレンド。もはや、それ無しでは生きていけないかもしれない。
暗室にて今回、能登の取材で撮ってきたフィルムをさっそく引き延ばし機にかけ、ベタと呼ばれるコンタクトシートをプリントしている。デザイナーやライター、編集者とそのコンタクトシートを見ながらページ構成を練る、そのために必要な作業だ。3杯目の二三味ブレンドをすすりながら、一枚また一枚と自動現像機から写真が出てくるのを待っている。
10年近く経って、あの頃といろんなことが変わったが、二三味ブレンドの味や写真に写っている能登の海は、ずっと変わらないなと、乾ききれていないベタを手にとり思った。

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平成26年2月20日
マドロス陽一