From Editors 編集部こぼれ話
ストレッチが身体表現になるとき。
まず最初に訪問したのが「さいたまゴールド・シアター」。さいたま芸術劇場の芸術監督で演出家の蜷川幸雄さんの呼びかけで集まったいわゆるシニア世代の劇団ですが、ここからまた選抜された平均年齢75才というメンバーが、芝居とダンスの垣根を越えて新作公演に取り組む稽古場です。そこに足を踏み入れるや否や、「みんなのストレッチ」企画がいける!と電撃が走りました。そこでこのコーナーではさいたまゴールド・シアターについての取材裏話をご紹介したいと思います。
今回のゴールド・シアターの新作は、ピナ・バウシュ ヴッパタール舞踊団のダンサー、振付家の瀬山亜津咲(せやま・あづさ)さんのディレクションによるもの。稽古場では毎朝リハーサル前に、ヨガ、太極拳、タオルストレッチと様々な要素を取り入れた瀬山さんのストレッチレシピを1時間みっちり行います。身体の柔軟性に個人個人の違いはあるものの、そこはオーディションで選抜された劇団員のみなさんです。瀬山さんの指導にしっかり応えて身体もほぐれて表情もさっぱり。実に素敵で愉しげなストレッチ風景で「これこれ、これが撮りたかった!」と取材スタッフの気分も大いにアップしたのでした。
そのまま稽古も見学させてもらいましたが、これがまたよかったんです! 瀬山さんが継承する故ピナ・バウシュさんの表現手法である「タンツテアター」とは、演出・振付家がダンサーや演じ手にたくさんの質問をして彼・彼女たちの記憶の中から動きを紡ぎ出していくというもの。生前のピナさんの有名な言葉に「私が興味があるのは、人がどう動くかではなく、何が人を動かすのか、ということ」があります。まさに人の心の奥の方、内面から動きが生まれ出る瞬間に、もうこれしかないというほどぴったりの音楽が重なっていく創造のプロセスは、見ているだけで涙がこぼれました。そして数週間後に「KOMA’」とタイトルがつけられた本公演を見て驚いたのが、稽古場で観たみんなのストレッチが本舞台に自然に取り込まれていたことでした。
公演は終わってしまいましたが、ぜひ参考に見ていただきたいのがヴッパタール舞踊団とヴィム・ベンダース監督による映像作品『Pina/ピナ・バウシュ 踊り続けるいのち』、そしてもうひとつドイツの高校生たちに作品を振り付けた『ピナ・バウシュ 夢の教室』というドキュメンタリーです。今回の瀬山さんのつくる舞台のようにストレッチというシンプルな出発点から、身体表現が極まっていくプロセスの一端がわかると思います。
凝りかたまった身体が心の奥底から解放されていくこと、そしてその先にある身体が得られる”自由”を思うと、きっと日々のストレッチの意味も違って見えてくることでしょう。「身体の声を聴く」、まさにその真髄がここにあると言えるのではないでしょうか。