第101回「妻がおっさん役で主演女優賞獲得!」
第101回「妻がおっさん役で主演女優賞獲得!」
この「福福荘の福ちゃん」は、8月、カナダで行われた映画祭で賞を獲得し、一気に注目度が上がった。しかも、主演女優賞。そうです。妻が獲得したのです。
獲得が分かった日、妻からメールで「カナダの映画祭で主演女優賞を獲得しました。おっさん役で女優賞です(笑)」という文章。最初の感想。大爆笑。その大爆笑には「喝采」という気持ちがあります。
色んな都合で撮影時期が24時間テレビのマラソンの直後というハードスケジュール。だって、体重を15キロ近く落とした後に、一ヶ月後にまた10キロ太らなきゃいけないんだもんね。ロバート・デ・ニーロもびっくりのその肉体スケジュールだったが、藤田監督の熱いハートに惚れた妻は「やってやるぞ」と気合いを入れて坊主頭にして挑んだ役。しかも、その後に妊活休業すると決めていたので、より気合いが入っていました。
それだけ魂削った役がカナダの女優賞を取ったなんて、ありがたいですよね。しかも日本人では「満島ひかり以来」と報道されている。妻は「満島ひかりさんに申し訳ない」と言っていました。
で、そんな「福福荘の福ちゃん」。僕は公開1ヶ月前の試写で見ました。もっと早く見たい気持ちもあったんですけど、妻が大画面に出てくるだけならまだしも、おっさん役を演じてるわけじゃないですか。複雑な気持ちなわけですよ。「おっさん役を演じてるからイヤだ」とか、そういうことじゃなく。僕の不安はね、「福ちゃんに見えなかったらどうしよう」と思っていたのです。福ちゃんを演じているのに僕には妻に見える。女に見える。そう思ったらどうしよう。それにね、もし自分にとっていい映画ではなかった時に、嘘はバレるなって。それが怖くて正直、試写になかなか足が進まず。
だけど勇気を持って試写室に行きました。満杯の試写室にまず驚く。一番後ろに座ったものの、まわりは「旦那が来たぞ」的目でチラチラ見る。そりゃそうだわな。ドキドキとわくわく。正直、不安の気持ちが大きいまま、映画がスタート。
妻演じる福ちゃんは塗装職人。塗装しているビルの屋上から物語がスタート。新人塗装員が仕事をやめたいと泣きっ面。理由は、休憩中、寝ている時に、荒川さん演じるしまっちが顔の上にまたがり、顔に屁をかけたという理由だ。それを聞いて、福ちゃんはしまっちに「寝ろ」と指示を出す。寝て、その顔の上に新人が屁をかけろと言うのだ。屁をすることを拒む新人。すると福ちゃんが「仕方ねえな」とばかりに、寝ころんだしまっちの顔の上に股を開き思いっきり屁をしようとしたところにタイトル。
その瞬間、会場からは笑い声。始まって数分。そこにいたのは、大島美幸でもなく鈴木美幸でもなく、福ちゃんだった。
約2時間の間に、まったく妻に見えなかったと言えばゼロではない。福ちゃんは学生時代イジメを受けたトラウマがあり、それを引きずって女性に対して恐怖症が残っている。
この設定、監督がわざと作ったのかどうかわからないが、学生時代の妻と似た環境だ。そのトラウマと向かいあったときに、福ちゃんは涙を見せる。その涙は、妻の心の中にあるトラウマが掘り起こされた影でもあると感じた。が、大島美幸ではなく福ちゃんが勝っている。すばらしいお芝居だと感じた。
最後の最後まで、笑わせてキュンとさせて、ホロっとさせてくれる福ちゃん。映画のエンドロールになった瞬間、一番最初に出てくるのは「大島美幸(森三中)」の文字。おっさんを演じている1人の女性の名前。そこでなんだか、グっときた。「妻よ、がんばったね」と。
この映画、妻が演じたからというわけではなく、映画として大変すばらしかった。コメディーという枠ではなく、喜劇。今、日本では少なくなってきた喜劇を映画として撮りあげた監督には嫉妬心さえ湧いた。
そして、藤田監督は資料にこう書いている。「大島さんの顔は醜い顔じゃない。おもしろい顔なんです」と。そう、妻の顔はおもしろい。あのね、おもしろさと愛しさって同居するんです。寝ている妻の顔を見ていると「おもしろいな」と思うと同時に愛しくて仕方ない。
そんな「おもしろさ」から、福ちゃんという愛しいキャラクターを作り上げてくれた藤田監督には心から感謝を伝えたい。
そして、もし将来子供が出来たら、この映画を見せたい。演じているのが母だと気づかず笑ってくれたりしたら、嬉しいな。小さな夢。
そして何より、妻よ、素敵な映画をありがとう。