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第89回「女性芸人の選択肢を広げた森三中」

ブスの瞳に恋してる
 
イラスト/ヤマザキマリ
イラスト/ヤマザキマリ
 
第89回「女性芸人の選択肢を広げた森三中」

2014年のお正月、大分県湯布院へ旅行した時のこと。

妻が妊活に入る3カ月ほど前に、森三中・村上知子が出産しました。妻にとって村上と黒沢は同じグループのメンバーであり、友達以上家族未満というか。もしかしたらそこには家族を超えた関係もあったりします。お笑いコンビって不思議で仲のいい時と悪い時のバイオリズムみたいなのがある。仲が悪い時でも一緒に舞台に立ち、笑いを取らなきゃいけない。
 
村上は森三中の中でもしっかりしていて、僕の中では一番末っ子だけど一番しっかりしている感じで、妻がやんちゃな二女。そして黒沢がどうしようもない長女みたいな。
 
村上には本当に感謝してます。2002年、僕が若手芸人さんと飲み会をするようになり、その初回に来たのが村上でした。毎週行われるようになった飲み会に村上が参加してくれたおかげで、次の週に黒沢、そして数週間後に妻が来て、出会い、結婚に至ったわけです。
 
妻に出会った初日に「結婚しよう」と言った僕でした。その発言の裏には、それを言うことでみんな笑うんじゃないかという気持ちもありました。妻もその言葉に「いいっすよ」と返して、また笑う。そんなことを数週間繰り返した時でした。いつものように開催されていた飲み会で、村上が急に怖い顔で立ちはだかりました。そこで言ったのです。「おさむさん、毎週、大島に結婚しようとか言ってるけど、それってブスをバカにしてるだけじゃないんですか?」と。そして「おさむさん、そもそも彼女いるし、本気で結婚するなら親に挨拶行くとか言いますよね?」。あの村上のムカつくカピバラのような顔、今でも忘れません。
 
結婚= 親に挨拶って、他にもあるだろうがと思いながらも、村上のあの顔で言われたことに僕も火がついてしまい「じゃあ、本当に結婚しようぜ」と、翌日に彼女と別れ話。その次の週には親に挨拶に行ってしまうという衝動結婚に至ったわけです。
 
村上が後ろに妻と黒沢を従えて、怯えながらもアゴをツンと前に出して僕に言った言葉。あの顔であ
の言葉を言われなかったら、僕のハートに火もついてなかったかもしれない。そもそもなんて結婚してんだよって話は置いておいて、村上のあのガッツがなかったら、結婚出来てない。
 
結婚してから数年経ったとき。妻がスランプに陥りました。芸人というのは基本、不幸話で笑いを取ることが多い。妻は結婚して何年か経って、幸せな話が笑いにならないということに気付き、ちょっと悩んでいました。そんな時に村上と黒沢が妻にお説教したわけです。当時、ちょっと髪の毛伸ばして、女性として色気づいた気持ちがあったのかもしれません。同じグループのメンバーとして、怒られたそうです。
 
その時もおそらく村上が先陣を切り、あのムカつくカピバラ顔で言ったのでしょう。家に帰って来た妻は、いきなりバリカンを持ちだして、髪の毛を切り、坊主にしました。今まで寝ぼけていたと。村上のあの顔は人に火をつけるようです。でも、そのお陰で妻は芸人として目覚め、芸人としての狂気を取り戻しました。
 
そんな村上も電撃結婚。そして出産しました。なんだか、あの村上に子供が出来るって不思議な感覚です。姉に子供が出来た時もなんだかしっくり来なかったけれど、それと似ているというか。
 
村上が出産した時の黒沢のコメントは、「沢山洋服を買ってあげて、洋服のおばちゃんと言われたい」でした。そういうおばちゃんいますよね。
 
ちなみに、2013年、妻があと一年で妊活休業に入りたいと言った時に、黒沢がもっと抵抗すると思ったけど、意外とあっさりOKしてくれたそうです。もちろん年齢も考えてくれてのことだと思いますが。だけど、その時点で村上は妊娠もしてなくて、まさか村上が妊娠〜出産って休むことになるなんて思ってなかったはず。結果、村上が産休、妻が妊活休業に入るために、黒沢おばさんは1人で森三中として活動しなければならなくなった。一番人見知りな変人、黒沢が、1人で孤軍奮闘です。
 
森三中。散々体を張って来た芸人、大島美幸は妊活に入り、村上は出産。そして一番年上のおばさん黒沢は恋愛する気配もなく太りながら芸人を続ける。不思議な3人の女性。
 
先日、芸人さんの誕生会に来ていた、とある女性芸人さんと話しました。その人は、森三中に感謝していると言いました。芸人だけど、結婚もしたいし、子供も作りたいし。だけど、女性芸人って結婚して面白くなくなったと言われたりとか、子供を作りたいけど休みにくかったりとか、そういうイメージが多かったけど、森三中が女芸人として、女性の選択肢を広げてくれたと言ってくれた。しかも泣きながら。
 
女性であることと仕事で成功することとのバランスはとてつもなく難しい。しかも芸人となると尚更。芸人であることと女性であること。幸せと仕事のバランス。芸人である前に女性で、女性でいながら芸人。だからこそ、誰も開けたところのない山に新たなる幸せと笑いのトンネルを掘る。それが妻たちの役目なんじゃないかと思ってたりして。
 
とりあえず村上、出産おめでとう。


今回の格言
女性であることと仕事で成功することとのバランスはとてつもなく難しい
個性ある3人が友達以上家族未満の濃い人間関係を持続させながら、仕事をきちんとこなし、周囲にもいい影響を与える……「森三中」の魅力をあらためて知りました。こんな「濃い人間関係の話」は単行本『ブスの瞳に恋してる』シリーズ(1~4)にも!



鈴木おさむ
すずき・おさむ/放送作家。妻・大島美幸(森三中)との子育てもまる3年。長らくご愛読ありがとうございました。連載をまとめた『ママにはなれないパパ』が、絶賛発売中です!