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第92回「我が家に『大福ちゃん』がやって来た」

ブスの瞳に恋してる
 
イラスト/ヤマザキマリ
イラスト/ヤマザキマリ
 
第92回「我が家に『大福ちゃん』がやって来た」
妊活休業に入った妻ですが、そんな僕ら夫婦に小さな変化がありました。新しい仲間が増えたのです。4月25日、僕の42回目の誕生日。友達であり仕事のパートナーでもあるコンちゃんという男性がくれたのは、とんでもないものでした。
 
僕の誕生会をコンちゃんが主催してくれて、いろんな人からプレゼントをいただいてる中で、コンちゃんの番。コンちゃんがくれたものは50センチ四方ほどの段ボール。渡されたので持ってみると、それは軽い。「ん? なんだ?」と思って開けてみると、タワシサイズの亀の置物が入ってる。が、その置物を触ろうとすると、動く。え? まさか、まさか。そうです。それは置物じゃなくて、生きてるリクガメだったのです。それを認識した瞬間、多分、この一年で一番大きな声で「えーーーーーーー!? 生き物はダメだよーーー」と叫びました。
 
コンちゃんも結婚していて、夫婦で亀を飼い始め、家にいる奥さんの癒やしになっているというのです。うちの妻も妊活休業に入り、家にいることが多くなるので、僕ら夫婦にとって亀は絶対にいいと言うのです。
 
僕は今までの人生で、姉と暮らしていた時にウサギを飼いました。でも、二年ほどたって、実家で飼ってもらうことになりました。そのあと、熱帯魚ブームの時に、なぜか獰猛なピラニアを飼いました。ピラニアの餌は金魚。小さなピラニアなので、一口でいってくれません。金魚を半分ずつ食べると言う惨劇が毎日水槽で繰り広げられる。それも二年ほど飼いましたが、死んでしまいました。ウサギ、ピラニアと飼って、思った事。僕にはペットを飼うということが向いてないということ。
 
なのに、結婚してからも、ふとたまに、金魚とか飼いたくなる時はあり、妻に提案してみましたが、妻は断固としてNO。生き物を家で飼うのはダメと徹底していました。
 
貰った亀はタワシサイズの、ヘルマンリクガメという種類。セットの水槽と温度調節ヒーターなども貰って、比較的亀の中でも飼うのは簡単だと説明されますが、想定外のプレゼント過ぎて全然頭に入ってこない。それどころか、このプレゼントの話をしたら、絶対妻は怒るだろうなと、そんなことばっかり頭によぎる。でも、貰ったものは貰ったもの。妻に電話して言いました。コンちゃんに亀を貰ったことを。妻は電話口で叫びました。「えーーーーーーーー!? 生き物はダメだよーーーー」と。僕と一言一句同じ言葉。さすが夫婦。さすが顔も似てきただけあります。
 
家に持って帰ると、妻はテンション下がっています。「コンちゃんには悪いけど、うちで亀を飼うのは無理だよ」と。そして「できれば誰かに貰ってもらおう」とまで言いました。
 
妻は爬虫類が苦手。亀は両生類ですが、絶対に触れないと言ってる。でも、まずは貰った亀をとりあえず見せようと、箱から開けて出しました。正直、なんでしょう、最初に箱を開けて見た時から、そのリクガメの顔にキュンとしたことは事実です。でも、妻が「やっぱり誰かに飼ってもらおう」と言うかもしれないと思い、「俺はこいつにキュンと来てない」と暗示をかけていました。妻は飼いたくないという思いが先行しているので、亀を見てもテンションが上がりません。
 
箱を開け、まずは餌をあげなきゃと思い、冷蔵庫に入れてあった小松菜を切って、小松菜をさっと亀の前に差し出しました。その時です。亀が小さな口を開けて、僕が手に持つ小松菜にくらいつきました。すると口の中から小さな舌が出て来たのです。赤い舌。その姿を見て僕のリミッターは外れました。「かわいいーー」と叫んでしまいました。と横にいた妻も言いました。「かわいいーーーーー」と。そうです。妻も我慢していたのです。亀を見た時からかわいいと感じていたけど、蓋をしていたのです。
 
妻は生き物が嫌いなのではありません。飼ったらいつかさよならする時が来るから、飼いたくないというポリシーなのでした。だから愛情が生まれてしまう前に、飼いたくないと言ったのでしょう。
 
コンちゃんは言いました。「亀は飼った者にしかそのかわいさは分からない」と。
 
飼い始めて早一か月。妻は毎日、笑顔で亀に餌をあげていますし、触って水槽から出して日向ぼっこもさせてあげてます。
 
亀の名前も妻が付けました。タワシサイズの亀を見て、妻は言ったんです。「大福みたいでうまそうだから、名前は大福にしよう」と。亀に食い物の名前を付けてしまう妻。大福の福ちゃんと言うことで、妻は毎日、「福ちゃん」と呼んでいます。
 
今は、コンちゃんに感謝しています。自分で決めたルールって壊せないじゃないですか。本当はそれって合っているのに、自分からは試せなかったりする。自分はダメなんだって固定観念で決めている。だけど、誕生日で貰ってしまったことにより、それを壊せた。
 
家に生き物が増えたことは小さなようで大きな変化。妻が毎日、「福ちゃん」と呼んで面倒を見ている姿、僕はとても好きだ。
 
僕と妻のルールを壊してくれたコンちゃんには本当に感謝している。そして、大福ちゃん、鈴木家へようこそ。


今回の格言
自分たちのルールは誰かに壊してもらった方が良かったりする
「いつかさよならする時が来るから」ペットは飼わないのが、自分たちのルールだったのに……思いがけないプレゼントが、ルールを壊してしまいました。こんな「ちょっといいハプニング」は単行本『ブスの瞳に恋してる』シリーズ(1~4)にも!



鈴木おさむ
すずき・おさむ/放送作家。妻・大島美幸(森三中)との子育てもまる3年。長らくご愛読ありがとうございました。連載をまとめた『ママにはなれないパパ』が、絶賛発売中です!