マガジンワールド

「ブス恋♥恐るべき子どもの反応。」 Vol.164

鈴木おさむエッセイ ブスの瞳に恋してる♥ 第164回「恐るべき子どもの反応。」

 
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[ヤマザキマリの場合]
やまざき・まり/漫画家。イタリア在住。『テルマエ・ロマエ』は世界8カ国で翻訳。


僕と妻が消費期限切れの豚肉を使ったことに関して、息子、笑福の前で喧嘩し、それを見ていた笑福が、仕事に出かける僕を無視。笑福を触ろうとする僕の手を強く振り払う。

自分の母親に厳しい言葉を浴びせて、悲しい顔をさせた僕に対して、2歳になったばかりの息子は母を守るかのように、僕に反抗的な態度を取る。

とても驚いた。2歳になったばかりで、言葉をかなり覚え始めているとはいえ、会話は出来ない。そんな笑福が、明らかに僕に「怒り」という感情を抱いている。

それまで僕に対して、冷たいことは何度もある。だけどそれは、自分の気持ちにそぐわないことがあったりした時に泣いたり怒ったり、駄々をこねたりした。つまりは「自分」が軸である。だけど、今度は自分の母親が軸なのである。2歳の子供が、母を守るために、父親に怒り、無視するという行動をするのだということにとても驚いた。そして驚いたと同時に、かなり凹んだ。

誰も見送ってくれずに玄関を出る時、わかりやすく下を向き、僕は落ち込んでいた。

よゐこの有野さんと対談した時に、有野さんのお母さんとお父さんはあまり仲が良くなかったからなのか、気づくと、お母さんはお父さんの文句ばかり言っていたらしい。当然、父親より母親といる時間の方が長いので、「お父さんはダメなやつなんだ」ということが常識として育てられていく。有野さんと話したのは「母親が本気になったら、子供に、父親を嫌いにさせるのなんて簡単ですよね」ということ。有野さんも納得していた。

僕が妻に感謝しているのは、僕がいない時も、笑福に僕の話を沢山してくれている。僕が毎日何をしてるのか? なぜ今、あまり家にいられないのかなどを話してくれている。だから、この春から忙しくて家にいられなくて、笑福にあまり会えなくても、笑福と僕の距離感はあまり変わらなかったりした。もし妻が、僕の文句を毎日笑福に言っていたら、笑福は僕に対して心を閉ざしていることだろう。

だけど、あらためてこの日思った。僕があまり家に帰れなくても笑顔を見せてくれたのは、自分の母親が、そう言っていたからであって、その母親を傷つけ、落ち込んだ姿を見た瞬間に、笑顔のキャッシュバックキャンペーンが始まるのだ。

僕は妻と喧嘩したまま家を出てきたこと、笑福に無視されたこと、Wショックのまま仕事をした。すると夕方、妻からLINEが。妻が朝のことを謝る内容だった。その瞬間、僕も即座に謝りのLINE。申し訳なかったと。「今後、食べ物の消費期限はちゃんと見て使うね」と当たり前だけど、喧嘩した手前、言えなかった言葉を並べて妻に返す。

これで夫婦喧嘩は終了。いつも僕から謝ることが多いのだが、今回は妻から歩み寄ってくれて、それにとても感謝した。

家に帰ると、寝ている笑福。妻も笑福の朝の態度には驚いたようだった。父親を無視して手を振り払った姿。妻は「かわいかったね」と言う。

確かに、客観的に見ればかわいいのかもしれないが、手を振り払われた側からしたら、かわいいとか言ってられない。ショックなのだ。

翌朝。僕が朝ご飯を作り、プレートにのせる。それを笑福の前に出して、食べさせようとすると、笑福はプレートごと、僕の前から動かし、妻の前に移動させた。僕がそのプレートを触ろうとすると、笑福が僕の手を払う。つまりは「お前は俺の飯に触るんじゃねえ。ママが俺に食べさせるんだよ」という顔をしている。

僕は驚いた。一晩たってもまだ怒っているのだ。僕を許してない。試しに、僕が妻に近づく。そして妻を後ろから抱きしめてみると、笑福は手を伸ばして僕に「離れろ」というポーズを取る。やはり許してない。僕と妻がまだ喧嘩していると思っていたのだ。

そこで妻が、僕と笑福を一緒に抱きしめて「笑福! もうお父ちゃんと仲直りしたんだよ」と言い聞かせて円になりギュっとする。

すると、笑福は僕に笑顔を見せた。「あ、そうなの」という感じで。そして僕が笑福にご飯を食べさせることを許してくれた。

朝起きた時、笑福は僕と妻が笑顔で話しているのを見たはずだ。だけど、それでは笑福の怒りのロックは解除されなかった。ちゃんと妻が笑福に言い聞かせるまで、ロックは解除されなかったのだ。

改めて母親に対して、「絶対」である子供の姿を見て、感動と驚き、そして小さな恐怖も感じたりして。

今後も家で何かもめごとがあった時に、1対2になるのは確実だ。まだ会話をすることも出来ない2歳の時にこうなんだから、年を重ねたら、笑福は更に妻のことを守るだろう。

全国のお父さんたち。もし奥様と揉めたら、子供の前で早めに平和的解決をおススメする。


【今回の気づき】

子供は母親のために父親に本気で怒る。たとえ2歳でも



鈴木おさむ
すずき・おさむ/放送作家。妻・大島美幸(森三中)との子育てもまる3年。長らくご愛読ありがとうございました。連載をまとめた『ママにはなれないパパ』が、絶賛発売中です!