マガジンワールド

「ブス恋♥愛してる」 Vol.162

鈴木おさむエッセイ ブスの瞳に恋してる♥ 第162回「愛してる」

 
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[ヤマザキマリの場合]
やまざき・まり/漫画家。イタリア在住。『テルマエ・ロマエ』は世界8カ国で翻訳。


2017年6月22日。市川海老蔵さんの妻、小林麻央さんが34歳で旅立たれました。10年以上前だったか、小林麻央さんがこのブス恋を読んでくれていると人づてに聞いたことがあり、それ以来、なんだか他人ではない気がしていました。麻央さんの最後の言葉が「愛してる」だったと海老蔵さんは会見で明かしました。

このブス恋では「愛してる」という言葉を何度かテーマにしてきましたが、あらためて「愛してる」という言葉について考えてみる。僕が初めて「愛してる」という言葉をちゃんと言えたのは、妻でした。30歳を越えてから。それまで人に「好きだよ」とかは言ったことはあるけど「愛してる」はなかった。それまで付き合ってきた人に対して、嘘も適当なことも随分言ってしまったけど、「愛してる」と言えたことはなかったし、適当にその言葉を言おうなんて思えたことがなかった。

正直、日常の生活の中で発言する言葉を意識して言っている人は少ないだろう。何気なく言葉って口から出ている気がする。だから、無意識に言った言葉で失言したり、人を傷つけてしまったりする。だけど「愛してる」という言葉は無意識では言えない。その言葉を口から発することに責任があると思ってしまう。簡単に言えば「重い」。うかつに言うと大変なことになる。嘘の気持ちでは言ってはいけないと思うのだ。だから、「愛してる」と口にしたことがある人は意外と少なかったりする。もしこの世に「愛してる」と適当に言える奴がいたら是非会ってみたいし、どんな精神構造なのか聞いてみたい。多分、1分でそいつのことを大嫌いになれる自信がある。

僕は妻と交際0日で結婚している。結婚してから「好き」とか色んな思いが後づけでついてきて、そして大好きになった。だが、その大好きは今までの「大好き」とは違って、そこに尊敬が混じったり、抱きしめたかったり、色んな思いが混じっている。結婚して何年かたって、ある時、この妻に対する気持ちってなんなんだろうってモヤモヤして、この思いを表現するにはなんて言葉がいいんだろうって考えてたら、気づいた。「これが愛してる……か」と。30年以上生きて、「愛してる」という気持ちが分かった。

そこから妻に「愛してる」という言葉を言うようになった。適当に言ってるわけではない。妻が海外に長期ロケに行くときは出発寸前、空港から必ず電話してくれるのだが、そのときに自然と言ってしまう。だって危険なロケで何があるかわからないから。だから後悔したくないと思って言ってしまう。

日常の中でも時折言いたくなる瞬間がある。夜中に起きて片づけとかしてくれてる妻の背中を見てると、抱きしめて「愛してるよ」と言ってしまう。愛しさが体からこみ上げてきて、言いたくなってしまうのだ。

が、妻が僕に「愛してるよ」と言ってくれることはない。笑福を授かる前にベッドの上で、急に「愛してるよ」と言いたくなることが何度かあった。僕が妻に「愛してるよ」と言うと「うん」と返す。コール&レスポンスが悪い。ライブ会場の客だったら最悪だ。そこで思わず妻に「愛してる?」と聞く。当然「愛してるよ」という返事を期待してるわけだが、言ってくれない。「うん」で終わってしまう。今まで寝る前の愛してるを何回かおねだりしてるけど、言ってくれたのは一回か二回だったと思う。しかもかなり小さな声での「愛してる」。

つまり妻が僕の顔を見て「愛してる」と言ったことはないのだ。そのときに気づく。人によって「愛してる」の色は違うのだろう。

妻にとっての「愛してる」は、おそらく僕の「愛してる」と含む色が違うのだろう。100人いたらその「愛してる」は100種類ある気がする。カレーでも色んなスパイスが入ってるカレーがあるように、「愛してる」にも色んなスパイスを含む人それぞれの「愛してる」があるのだろう。だから妻の「愛してる」は、僕の「愛してる」と違うから、妻も今は僕に言えないのではないかと思う。

妻の「愛してる」は僕が言えた「愛してる」よりも、同じ「愛してる」なんだけど成分がちょっと違う、現時点では僕に言えない「愛してる」なのだ。

いつ、僕に向かって「愛してる」と言ってくれる日があるのかが楽しみだし、その時に、妻の「愛してる」の色や成分がわかるのかもしれない。

そして。子供に対しての「愛してる」という気持ち。息子・笑福を授かり2年がたち、当然、笑福のことも「愛してる」。だが、やはり、妻に対しての「愛してる」とは、色が違う。「愛しい」という方が近いのだが、なんだか、息子に対しての「愛してる」がどんな愛してるなのかまだ自分でも手探り状態だったりして、「愛してる」という言葉では表現出来ないことなのかもしれないが、また、この気持ちが笑福の成長とともにどう変化していくかも、自分自身、楽しみだったりする。


【今回の気づき】

愛してるに含まれる思いは100人いたら100人違う



鈴木おさむ
すずき・おさむ/放送作家。妻・大島美幸(森三中)との子育てもまる3年。長らくご愛読ありがとうございました。連載をまとめた『ママにはなれないパパ』が、絶賛発売中です!