第80回「おっさんが妻に戻った日」
第80回「おっさんが妻に戻った日」
妻が坊主にして挑んだ主演映画『福福荘の福ちゃん』。妻が男役を演じるのだが、今回も言っておこう。ふざけた映画じゃない。ちゃんとした映画だ。藤田容介監督が熱意で作った新たな人情喜劇。水川あさみさんと荒川良々さんなども出演する。その映画の撮影中、妻はとにかく福ちゃんに成りきっていた。
映画はリハから撮影まで一ヶ月近くあり、妻はかなり気合いを入れて臨んでいたし、僕も心から応援していた。だけど、僕は寂しいことがあった。妻が撮影期間、ずっと結婚指輪を外していたことだ。もちろん撮影中にするのはおかしい。だけど、家に帰ってきても指輪をしない。まあ、うちの妻は指が太くて、指輪をしている薬指がチャーシュー状態になっているため、指輪を取ると跡が残ってしまう。男役なので、指輪の跡があったらおかしいと、撮影期間中は家でも外していたのだ。
役になりきる。ハリウッドの俳優さんなんて役作りのために歯を抜いたり髪の毛を抜いたりやることがハンパない。
うちの妻も福ちゃんという男を演じる為、監督の希望にこたえる為、その一ヶ月はなるべく福ちゃんという男でいようと思ったらしいのだ。役者としては素晴らしい。だけど、夫としてはなんか寂しい。しかも寂しいってことを言っちゃいけないというかね。
寂しさは指輪だけじゃない。福ちゃんといういつも作業用ジャンパーを着ている男の役が妻の中には完全に入っていた。
家に帰ってソファーで寝ている妻。いつも腹出して寝ているのだが、福ちゃん撮影中は、足をとんでもなくおっぴろげておっさん度が増している。会話の中の口調も、男っぽくなっている。ある日の朝、朝早く撮影に行く妻に向かって「いってらっしゃい」と言ったら、背中越しに「あいよ」と完全におじさんの挨拶。妻は絶対に無意識だ。
福ちゃんが憑依(ひょうい)していたので、出てしまう。妻におじさんが憑依する。僕の今までのポリシーからするとかなり笑えるしおもしろいのだが、家にいる妻がなんか妻じゃなくて別人な気がして、寂しさが増していった。
だけど、その寂しさもあることで吹っ飛んだ。
とある夜。ベッドで寝ている僕と妻。妻は完全にいびきをかいて疲れて泥のように眠っている。その横で僕も眠りについた。寝て二時間ほどたったころだろうか、僕はパッと目を覚ました。なぜ、起きたのか? 体のある部分に感触があった。妻の手の感触。
そう、妻は寝ながら、右手で横を向いて寝ている僕のお尻を触り続けていたのだ。なでなで触っている。女性らしい触り方ではない。もうお分かりだろう。おっさんが電車の中で痴漢をするような触り方だ。熟睡して僕のケツをなでなでと触り、顔は嬉しそうに笑っている。僕は思わず声が出た。「うわ!!」と。
夢の中でも完全におじさんになりきっていた妻。ただあまり気持ちよさそうだったので触らせておいたが。
朝、起きた妻に言った。「映画で女性のケツ触るシーン、ある?」と。そしたら妻は「ねえよ。そんなシーン」と男っぽく怒る。僕が昨晩ベッドの上で起きた痴漢事件を語ると、当然覚えてなく、「申し訳ない」とおっさんのように謝ってきた。
もうここまで来たら仕方ない。寝ているときにまでおっさんのようにケツを触ってしまう。ここまで役に成りきってるのなら、仕方ない。ロバート・デ・ニーロかうちの妻は!? そう思ったら、寂しさはなくなり、より応援できるようになった。
そんな主婦でありながらおっさんを演じた妻の一ヶ月が終わった。最終日の撮影が終わった妻が僕にメールをくれた。
「撮影が終わりました。一ヶ月間迷惑かけてごめんね。もう家にいるのは男の福ちゃんじゃなくて、みぃちゃんです。先に家に帰ってます」
家に帰ると妻が疲れて寝ていた。ここまでは昨日と同じ。だけど腹は出ているが股は開いてない。そして左手の薬指を見ると、チャーシューのように指輪がきゅうくつそうに輝いていた。坊主頭の妻に変わりはないのだが、昨日までとは雰囲気が違う。
僕は寝ている妻をギュっと抱きしめながら「お疲れさまでした」というと、にんまりと笑顔。それは福ちゃんではなく、妻に戻った顔だった。
妻よ。お帰りなさい!
今回の格言
愛してるからこそ応援したい。
でも、愛してるからこそ寂しい。
でも、愛してるからこそ寂しい。