第88回「体にしみるプロポーズの言葉」
第88回「体にしみるプロポーズの言葉」
2014年のお正月、大分県湯布院へ旅行した時のこと。
「二本の葦束」という旅館には僕の大好きなバーがある。「Barolo」というバーでそのお店の雰囲気が好きで、宿泊中には毎日行っていた。二日目の夜、バーに行きカウンターに座ると、隣にカップルがいた。30歳前後のカップル。女性はスゴく綺麗な方だ。僕が一人ワインを飲みながら、格好付けてシガーなんて吸ったりして、ダンディーぶってると、カップルの男性が話しかけてきた。体の線も細く、すごく気のいいお兄さん。なんと、熊本県でテレビの編集関係の仕事をしているらしい。いわば同業者。二人は付き合っていて、結婚式も決まっているとのこと。記念にお正月に湯布院に来ていたらしいのだ。どうりで幸せオーラが匂うわけだ。
が、彼氏がトイレに行くと、彼女が僕に向かってちょっと悩み顔。「結婚式決まっているのに、プロポーズされてないんですよ」と。
付き合ってなんとなく結婚をすることになって式も決まっているのに、はっきりとしたプロポーズをしてらってないらしく、それが悩みなのだとか。それを聞いては放っておけない。
彼氏がトイレから出てきて、座った瞬間に僕は言った。「今、彼女さんに聞いたんですけど、なんでプロポーズしないんですか?」と。すると彼は「彼女がサプライズを求めていると思うんで、サプライズなプロポーズをしようと思っているんですよ」と言う。だけど、目が泳いでいる。彼女は「ここで、サプライズとか言っちゃってるし、ずっとそう言ってしてくれてないじゃん」と言う。ちょっとピリピリ。すると彼が、いきなり泣きそうな顔で僕の方を見て「もうサプライズしようと思っても、彼女の目線が上がりまくってしまって、どうしていいか分からないんです。なんかいい方法ないでしょうか」。まさかのギブアップ宣言。彼女もその宣言に驚いていた。
確かにプロポーズって難しい。僕は妻と出会った日に、おもしろさもあり「結婚してくれ」とか言っちゃってるからいいけど、何年か付き合っている関係であらためてプロポーズするって、考えすぎちゃうのも分かる。
彼氏のギブアップ宣言。時間は夜11時くらいだったろうか。僕は言った。「見ててあげるから、ここでしなよ」
彼氏は「えーー!?今から? ここで?」。すると彼女は強い感じで「鈴木さんが見てくれてるっていうんだからしなよ」と言う。この光景めちゃくちゃ変ですよ。サプライズでするって言ってたのに、彼女に「ここでしろよ」的に怒られている。ビビる彼氏。
僕は部屋でまったりしているであろう妻に電話して、事情を説明してバーに出動してもらった。その日、旅館の女将が妻に、ちょっと早めの誕生日ケーキをくれていた。妻は食べかけの誕生日ケーキを持ってきて「今からプロポーズするって聞いたんだけど、食べかけのケーキ持ってきました」。さすが妻らしい気の遣い。食べかけでもケーキ。
僕と妻が見ている中でプロポーズすることになってしまった彼。
イスに座って彼女に向かってプロポーズ開始。「えっと、あのですね、あの」とモジモジしたところで、妻が「座ったままじゃだめでしょ。ちゃんと立ってプロポーズしなさいよ」と注意。二人立ち上がり、立ってプロポーズ開始。だけどね、彼氏がモジモジしながら「これからも一緒にいてください」的なことを言って右手を差し出したが、なんかはっきりしない。その空気を感じた。僕はプロポーズって「結婚してください」って言葉を聞きたいんだと思う。なのにね、なんか別の言葉で表現するんですよ。だから喜びポイントが分からない。妻はそのたびにダメ出し。「なんかしっくりこない。やり直し」「伝わりにくい。やり直し」とかまるで妻がプロポーズを望んでいるかのようにダメ出しでやり直しさせる。何度かのやり直しのアト、イライラした妻は「もっとちゃんとはっきりした言葉で言いなさいよーーー」と怒る。
そしてようやく言った。「僕と結婚してください」。ようやく言えた言葉。彼女の顔が初めて変わった。彼の言葉が皮膚から細胞に染み渡ったような感じで目元がゆるみ、彼の手を握り「お願いします」と言った。テレビなんかで何度も見てきた光景だけど、なんか幸せをもらった気になれた。
そして改めて思う。「結婚してください」という言葉はとてつもなく重く覚悟がいるのだ。だから彼氏はその言葉を本能的に避けたのかもしれない。もしかしたら、世の男性は「結婚してください」とかいう言葉をベタだとか言って、別の表現にしているかもしれないが、言ってないとしたら怖いのだと思う。自分がその人を背負っていく感が半端ないから。シンプルすぎるその言葉には、とんでもない勇気が必要なのだ。たぶんどんな飾られた言葉よりも、女性だって、この言葉が一番体に染みるはずだ。だからはっきり言おう。「結婚してください」に勝る言葉はない。
だから、このあとプロポーズ予定の人がいたら「結婚してください」の言葉を求めよう。
2014年、春、あの二人が式を挙げたらしい。今度は食べかけのケーキではなく、大きなケーキに幸せのナイフを通していることだろう。