第79回「ある日、妻が坊主頭になった!」
第79回「ある日、妻が坊主頭になった!」
妻が坊主にしました。おしゃれ坊主じゃありません。マジ坊主です。高校球児の坊主です。大人がミスをしでかして頭を丸める時の坊主です。なぜ坊主にしたのか?
妻が映画に出演するからです。主演です。しかも男役です。映画のタイトルが「福福荘の福ちゃん」という映画で、妻が主演男優(?)で荒川良々さんと水川あさみさんが出演。本気の映画です。
おふざけ映画じゃありません。監督は藤田容介監督と言って、過去に素敵な映画を撮られている方です。今から数年前に、藤田監督が妻にその映画のオファーをくれました。なんと、オファー段階で丁寧な絵コンテを描き、オファーしてきたのです。妻が男役ということで、普通は思いますよね? ちょっとバカにしてんのかな? と。でも、そうじゃない。
その映画の主演を考えた時に、妻しかいなかったそうです。ありがたいオファーです。その熱いオファーに応えるために、妻は出演を決めました。
が、問題が一つ。妻はその頃、僕と一緒に「金スマ」という番組でダイエットをしたばかり。藤田監督は、妻に、前みたいに太ってほしいとオファーを出しました。妻はそのリクエストに応えて太ることにしました。でも、その映画を理由に妻は食べました。焼き肉を食べ、しゃぶしゃぶを食べ。僕が「食べすぎじゃないの?」と言っても「役作りですから」という最大の理由を掲げて、食べて食べて、人生最高体重になってしまいました。が、映画の撮影がちょっとずつ延びて行きました。そんな時に、24時間テレビのマラソンのオファーがくるわけです。走るには痩せなきゃいけない。それと同時期に映画の撮影時期が決まりました。マラソンの一か月半ほどあと。妻は決めました。マラソンの為に痩せて、その後に、再び太ると。
マラソンのオファーをしてくれたのも妻が尊敬している人。映画も、熱いオファーをくれた藤田監督。妻はマラソンの為に痩せ、そして終わった後に、再び太りました。体に悪いと言う人もいるでしょう。だけど、妻の信念。やると決めたら徹底的にやる。
映画の撮影が近づいてきて、監督からのもう一つのリクエスト。それは坊主でした。
10年ほど前、妻は坊主にしました。結婚する前にも妻は坊主にしていた時があります。結婚して二年ほどたったころでしょうか? 髪の毛もちょっと伸ばしたりした時期。妻は、結婚して「女」な時期がありました。芸人よりも女が勝ってしまうというかね。
結婚して、女になってしまった妻に、森三中の村上と黒沢は注意しました。「何してんだ!」と。妻はその一言で目覚めました。家に帰ってくるとバリカンを出して、頭を丸め始めました。もう一度、昔の気持ちを思い出すと。
あの頃から、妻に更に芸人としてのスイッチが入った気がします。あれから10年。僕には心配がありました。妻も33歳。20代前半の時とは違います。映画の為とは言え、坊主にしたらその姿が切ないのではないかと。坊主にしたはいいけど、そこにちょっとでも切なさや寂しさがあったら、映画でも男役に見えない。女がちょっとでも出たら、そこは失敗だと。
10月のある日。妻が坊主にするため、仕事場に向かいました。映画のスタッフに囲まれて坊主にする。僕はなんかそわそわ。家に帰ってきて、坊主にした妻を見て、ちょっとでも切ないと感じてしまったらどうしようと。
夜、家に帰ってくる僕。坊主にした妻が家の中にいる。玄関のドアを開けるのをちょっとためらいました。会いたくない。妻を見て切ないと思いたくないと。
ドアを開けました。「ただいま〜」と。ソファーに座っている妻の後ろ姿が見える。坊主にしたのかな? 本当にしたのかな? ソファーに近づいて行くと。坊主にした妻がいました。僕の顔を見てニヤッと笑います。
映画『世界の中心で、愛をさけぶ』の中で、白血病の治療の為、頭を丸めた長澤まさみのような笑顔。ですが、長澤まさみと大きく違うところ。それは。その坊主がめちゃくちゃ似合っていました。「福ちゃん」がそこにはいました。切なさなど微塵も感じなかった。なんか、胸の奥からある感情が押し寄せてくる。これはなんだろう。なんだろう。
そうです。「愛おしい気持ち」です。坊主にした妻を見て、愛しくて愛しくて、抱きしめてしまいました。多分、坊主にした妻に、ちょっとでも後悔とか、不安とかがあったら僕には切なく見えたでしょう。でも、そこにはない。つまり映画で男役をやってやるぞ! という覚悟が見えた。その覚悟がにじみ出てくる妻の坊主頭は、おもしろいし、愛しい。抱きしめた時に、坊主頭のチクチクが顔に刺さる。それがまた愛しい。
覚悟を決めた女性というのは、もしかしたら男以上に男らしいのかもしれない。