マガジンワールド

FOOD NEWS vol.83 平野紗季子のMY STANDARD GOURMET 『善知鳥(うとう)』のおでんとお燗

FOOD NEWS
  • RESTAURANT _ 犬養裕美子
  • GIFT _ 真野知子
  • SWEETS _ chico
  • NEW STANDARD _ 平野紗季子
vol.83
平野紗季子のMY STANDARD GOURMET
『善知鳥(うとう)』のおでんとお燗
右から、自家製半片¥400、冬瓜¥100。珍味を多く揃えるのも、今さんのこだわり。「日本酒と一緒にアテを楽しむ。そんな珍味の文化を守りたいんです」と今さん。
右から、自家製半片¥400、冬瓜¥100。珍味を多く揃えるのも、今さんのこだわり。「日本酒と一緒にアテを楽しむ。そんな珍味の文化を守りたいんです」と今さん。
 

澄んだお出汁の中央に冬瓜が静かに輝いていた。湯気による嗅覚と視覚(ソフトフォーカス)によるエフェクト効果もあって、幻のように尊い風景、そこは冬の桃源郷だった。一口かじればほろりと崩れる冬瓜、追ってじんわり広がるお出汁の風味。お出汁は味わい深くも決して素材を殺さない。なんてあなたは品が良いのか。そう驚くと「実はこの出汁、干し貝柱と塩しか使ってないんです」と、店主の今悟さん。まさかの贅沢、まさかのこだわり。そうかと思えば手製半片もたいがいで、それだけのために築地に通って仕入れた白身魚をたっぷり使い、すりばちで練り上げる。その手間たるや、たったの4枚に1時間半もかかるそう。適当な気持ちで食べようもんなら没収したいほど渾身の一品だ。すっかり今さんのおでん技に魅了されつついただくお燗もまた圧巻。彼の付けるお燗は、ただ温めた酒などという無知の舌を別世界へ連れていく。衝撃の香り、バリエーションの豊かさ、お燗って楽しい…。そう気付かされるお燗入門。知らなくてもいい、わからなくてもいい。未知であっても全てを委ねられる安心感がここにはある。それは本当に自信のあるものを真摯に差し出す人だけが作り出せる空気なのだと思う。ああ、このままずっと浸かっていたい。西荻窪の『善知鳥』でいただく温かなご馳走は、寒い冬こそ愛おしい日に変えてくれるのだった。

ひらの・さきこ 1991年生まれ。フードライター。著書にエッセイ集『生まれた時からアルデンテ』(平凡社)。
 
善知鳥善知鳥
東京都杉並区西荻北3-31-10☎03・3399・1890 17:00~22:00 日・祝日休


写真・清水奈緒 取材、文・平野紗季子