皆川さんと、旅の宿。 Editor’s Voice No.222
Editor’s Voice
皆川さんと、旅の宿。
旅好きのデザイナー、〈ミナ ペルホネン〉の皆川 明さんが手がけた宿が豊島と京都にできたというので早速取材に伺いました。
豊島の〈ウミトタ〉は緒方慎一郎さんの設計。アート作品が点在する島らしく、宿もアートのような仕掛けに好奇心を刺激されました。京都の〈京の温所〉はワコールによる京町家再生プロジェクトの一環で、一定期間を宿として公開した後は、家主が住み継ぐことになっているとか。こちらの設計は、住宅建築を多数手がける中村好文さん。小さな空間に、本誌でも何度かご紹介させていただいた好文さんの心地よい建築の工夫が、ぎっしり詰まっていました。そしてどちらも、手触りがよく空気が抜けて、のんびりとした空気が漂っています。
過ごし方も独特です。豊島は朝食がポストに投函されていたり(これはコルビュジエの〈ユニテ・ダビタシオン〉さながら! ユニテも各部屋にこんな感じのポストがあり、朝起きるとミルクが届いていたようです)、京都のチェックインは、京都駅近くの〈ワコール新京都ビル〉です。荷物を預けて手ぶらで街を散策した後に「ただいまー」なんて宿に辿り着くことができます。それに、どちらも大きなキッチンがついているから、食材を用意してみんなで調理することも可能。この宿との適度な距離感を、私はとても心地よく感じました。
そこで仕掛け人の皆川さんに聞いてみました。「皆川さんにとっての理想の宿とは?」その答えは本誌をぜひ! ですが、開口一番皆川さんは、「旅をするときに」と言いました。そして「旅と旅行は別物だと僕は思っているけれど」と続けるのです。その言葉が妙に心に響きました。「こんにちは、どこ行くの? なんて、僕は旅で出会った人とわりと話をするタイプなんです。そんな空気感のある宿がいいですね。そして、宿に滞在しても能動的でいたい」。
学生だった90年代、ブームに乗って、先輩たちの見よう見まねでバックパックを背負ってアジアを旅をした記憶が戻ってきました。辿り着いた先々で泊まったのは、最低限必要なものだけがある簡易宿泊所。けれど庭やロビーなど、年齢も国籍も生きてきた背景も違う人々が集い、交流する場所がありました。私も身軽な気持ちになっていろいろな人と話をし、そこで得た情報をもとに街を散策したり、行き先を変えたりしました。その経験は若かった私にはとても刺激的に映り、今も強く心に残っています。また以前、〈ミナ ペルホネン〉の社員旅行に同行させていただいたときに泊まった、スウェーデンの国立公園の中にある〈ドラカモラン〉も忘れられません。古い農家を改装した建物に泊まり、土地のものを使ったオーナーの手料理をご馳走になったり、国立公園を散策したり…友人の家に滞在するように過ごせる宿でした。そんな、旅の途中に立ち寄りたい自由な宿が世界にはたくさんあります。アメリカで話題になったエースホテルにも近い空気を感じました。
残念ながら日本には長らくそんな宿がなかったのですが、皆川さんの宿をはじめ、オリンピックを前に最近続々誕生する宿がどこもいい感じです。バックパッカーの宿と違うのは、インテリアも食もサービスも、過剰ではないけれどちょうどいいものがちゃんとあるところ。経験を積んだ大人たちにも十分なものが揃っています。長くなりましたがそんな素敵な100軒をご紹介する特集を作りました! 誰かの楽しい旅の計画に、少しでも役立てば幸いです。
特集担当編集/佐野香織