建築家の言葉で、建築を体験する。 Editor’s Voice No.253
Editor’s Voice
建築家の言葉で、建築を体験する。
「安藤忠雄の建築」に、どんな印象を思い浮かべるでしょうか? 今号に登場してくださった佐藤 健さんも仰っていましたが、「無駄を極限まで排除したコンクリートならではの静謐さ」と「スケールからくる迫力」と、そして、「光が差し込む瞬間の美しさ」。多くの方が、これらのいずれか、もしくは併せ持ったような印象を抱かれるのではないでしょうか。安藤建築に足を運ぶと、日常が非日常に変わるような瞬間があります。
思い返せば二十歳の頃、建築学部の友人と〈水の教会〉を訪れた時も、写真を撮ることを忘れ、礼拝堂の椅子に腰掛け、眼前に広がる自然と十字架と水の鏡面にただただ心を奪われたことを思い出します。安藤さんは常々、「心に残る建築を作りたい」と仰っていますが、あれから20年経った今も、その風景が心に残っているのですから、安藤さんの思惑通りになったと言えます。
建築は体験しなくては分からない。学生時代に読んだ安藤さんの言葉に影響を受け、その後も、安藤さんの20代の旅を模倣しながら(とはいえ実際には比較にはならないほど軟弱な旅でしたが)、北欧の建築を観てまわったりしました。それからしばらくしてインターネットが世界を席巻し、時代は大きく変わりました。その場所を訪れなくても、事足りることも多くなりました。そして、このコロナ禍において「わざわざその場に足を運ぶ」という機会はますます奪われ、遠ざかることになりました。一方で、その場に身を置くことの価値が見直される契機にもなりました。
安藤建築を理解する上で「その空間に立つこと」が不可欠であることは自明のことですが、世界が危機にあるこの瞬間に、その体験は難しい。パリに美術館をつくるという安藤さんの積年の夢の結晶〈ブルス・ドゥ・コメルス〉も、完成こそしたものの、未だオープンには至らず、現地に立ち、その空間を体験することはできません。では、このようなタイミングでどのような特集を作るべきか、非常に悩みました。
そんな折に、安藤さん自らが旗振り役となった大阪・中之島の〈こども本の森 中之島〉が昨年開館した際に、特集「大人も読みたいこどもの本」に寄せてくださった「本を読むことは心の旅である」という言葉を思い出しました。実際の旅が困難であるのなら、本を読んで心の旅をしなさい、そのように仰ってくれたのです。
この言葉がヒントとなり、今回の特集に、安藤さん自らの言葉を数多く寄せて頂きました。「アート」「本」「挑戦」「暮らし」とテーマを分けて原稿をご執筆頂き、さらには、各世代を代表する著名人との対談を通じてメッセージを寄せて頂きました。安藤忠雄という建築家の頭の中を覗くように、そのヴィジョンや考えを知ることで、安藤建築を体験できる特集にしたい、そのように考え、組み立てました。
安藤建築を、その場に立って実際に体験できるのは、もう少し先になるのかもしれません。けれど、安藤さんが考えたことを追体験し、心の旅をすることはできます。実際に旅に出かけられる日が来ることを期待しながら、この特集を手に取って頂ければ嬉しいです。