From Editors No. 785 フロム エディターズ
From Editors 1
これからは、ひとりでバーに行くのだ。
ただ、最近、ひとりで飲みに行きたくなることがある。先生と呼ばれるような人と杯を交えた後にその気分に襲われる。彼らが発するコトバは、キラキラ輝いていて、そのすべてをメモに取りたい、という衝動にかられる。と、同時に、そのパワーは周囲にいる人のエネルギーを吸い取る。たった二時間の酒席で、ただ、話を聞いているだけのこちら側が、ヘトヘトになってしまう。アタマとココロの整理が必要だ。
そんなとき、朦朧とした状態のなかでも、すぐに受け入れてくれるバーが、池尻大橋にある。そこで、ラフロイグのソーダ割りを飲みながら、ほっといてもらうことにしている。
巻末のページ打ち合わせのために〈バー・ラジオ〉を訪ねた。数は少なくとも、重みと密度のある尾崎浩司さんの言葉は、四杯のカクテルを飲んでもなお、アタマの中がパンクしそうなほどに火照らされる。
ひとりでは抱えきれない。だから、スタッフとともに、居酒屋に駆け込んだ。〈バー・ラジオ〉のような神がかった場所から、市井の人がワイワイガヤガヤとする町の居酒屋に、だ。むしろ逃げ込んだ、という表現のほうが正しいかもしれない。そして、みんなで、尾崎さんのコトバの検証を、侃々諤々したのだ。
バーは不思議な場所だ。あらためて思う。ココロを落ち着かせてくれる場であり、熱くさせてくれる場。ひとりで行く機会を増やしてみたいと思う。いや、増やす時期なのだ。そして、いつか、きちんと準備ができたならば。〈バー・ラジオ〉で、尾崎さんが話していた、ボクだけのために、異なるボトルをブレンドしたウイスキーをのませてもらいに、再び訪れたい。
From Editors 2
シャルトルーズを1杯。3人の修道士を想う。
夜の11時、西麻布〈タフィア〉。シャルトルーズへの旅は、彼女のひと言から始まった。“彼女”とはライターの橋本麻里さん。ラムを傍らにシガーを燻らす先輩編集者が小さく笑う。「修道院に何があるんですか?」と私。聞くと、ハーブリキュールのひとつ「シャルトルーズ」は、フランスの山奥にあるグランド・シャルトルーズ修道院に由来するという。製造こそ町の工場が担っているものの、今でも配合するハーブの種類と分量を知っているのは、3人の修道士だけ。神秘的だ。『強い酒、考える酒』には、ぴったりのテーマではないか。
既に意識をフランスへ飛ばしていた私の隣で、橋本さんは続ける。「グランド・シャルトルーズ修道院の内部を撮った『大いなる沈黙へ』というドキュメンタリー映画があるのですが、監督が撮影のオファーを修道院に出して、許可がもらえたのが16年後だそうです」。ますます神秘的である。ただ、さすがに16年は待てないので、敷地外からの撮影と周辺取材を目的にして、フランス観光開発機構をはじめ様々な人たちにご助力を請い、私たちはフランスのシャルトルーズ地方へ足を運んだ。
しかし、撮れた。不可能だと思っていた修道院内部と修道士の姿が撮影できたのだ。修道院に併設する博物館の館長が持つ鍵で、扉をひとつだけ開けてくれた。タイミング良くそこには白いローブに身を包んだ修道士の姿があった。カメラを向けると、彼はとても穏やかに微笑み、建物の中に姿を消した。
グランド・シャルトルーズ修道院では沈黙が美徳とされている。日曜日のおよそ4時間以外は、修道士は言葉を交わさない。もちろん、ハーブの配合のときも黙ったままだろう。彼らは何を考えながら作業をしているのだろうか。あのとき見た修道士のやさしい笑みを見れば、彼らにとって沈黙は苦痛ではないことが分かる。外部から見ればストイックを極める修道院は、修道士にとっては心安らぐ場所なのかも知れない。彼らは、幸せな気持ちで何かを思いながらハーブを調合しているのではないだろうか。そんなことを考えつつシャルトルーズを口に含むと、より一層味わいが深くなった。
彼女を修道院に連れてったら、気がついた。SNSのおかげで何かを発信するのが容易な今、時に秘することも大切だ。自分の中でその“何か”を積み重ねておく。じっくり熟成させた“何か”を強い酒と一緒にひとりで味わうのもいいのではないか、と。