Book in Book「やさしいとき40」から、とっておきの三選。 Special Contents BRUTUS No.945
Special Contents Book in Book「やさしいとき40」から、とっておきの三選。
ひとこと
脚本家・坂元裕二が放つ至極のセリフが教えてくれる、
やさしさの善し悪し。
『大豆田とわ子と三人の元夫』
「やさしいって頭がいいってことでしょ。
頭がいいっていうのは、やさしいっていうこと」
『大豆田とわ子と三人の元夫』より
『最高の離婚』『カルテット』など、独特なセリフ回しによる会話劇が魅力の坂元裕二脚本ドラマ。その登場人物たちはどこか変わっているが、心根は愛情深くやさしいキャラクターばかりだ。『大豆田とわ子と三人の元夫』で松田龍平が演じた1番目の夫・田中八作もその一人。オーガニックホストとも揶揄(やゆ)される八作は、公式プロフィールでも「やさしい性格」と紹介されていた。第1話で大豆田とわ子が八作に「やさしいって頭がいいってことでしょ。頭がいいっていうのは、やさしいっていうこと」と言っていたが、このフレーズがすごい。たしかにやさしさは頭を使う高度な技術だ。きっと相手に対する言葉選びや発言のタイミングなどを考慮して初めて、やさしさは生まれるのだろう。しかし、やさしさは時に人を傷つけることも。石橋静河演じる早良からは「やさしさで人に壁つくる人怖い」「その人がやさしいのは、やさしくしておけば面倒くさくないからなんだよ」と痛いところを突かれてしまう八作。やさしさは残酷でもあることまで伝えてくるとは、本当に坂元脚本は抜け目がない。今作は特に、人を一つの定義に当てはめることなく、偏った視点だけで切り取らない脚本の姿勢が貫かれている。大豆田とわ子も離婚歴3回の女社長という記号を背負っていたが、世間が思うその像とは真逆のチャーミングな人だった。私たちももっと人の多面性を信じるべきだろう。その想像力もやさしさに通じるはずだ。(文・綿貫大介)
かんけい
愛し合っていた夫婦が辿り着く、
悲しい別れの中にある、やさしさ。
『マリッジ・ストーリー』
「結婚」とは実に不思議なものだ。「愛」という形のない感情と関係性を、制度のもとに明文化して縛り付ける。それが何らかの理由で壊れてしまった時に、そもそもの根底にあった「愛」はいったいどうなるのか? 本作は劇作家の夫・チャーリーと、俳優の妻・ニコールの仲睦まじい夫婦が、離婚に至るまでの顛末を描いた作品。離婚協議を始めた当初は、話し合いで円満に解決できると思っていた2人だが、一人息子の親権や居住地の問題をめぐって、弁護士を立て法廷で激しく争うことに。作中では、2人がまだ愛し合っている様子が何度も強調して描かれ、「もし〜だったなら」という哀しい可能性があまた提示される。もし、夫がもっと妻の望みに耳を傾けていたなら、もし、妻がもっと夫や自分自身に対して正直でいたなら(家父長制やマチズモという大きな壁がそこには立ちはだかっていたのだが)。そのやさしくも切ない“If”は、2人の結婚を回復することはない。物語が進むにつれ、2人は互いに憎しみ合うまでになる。しかし、感情を露わにし、怒鳴り合い、丸裸になってぶつかり合い、最終的に彼らは結婚の原点にあった場所へと立ち戻る。「自分たちはたしかに愛し合っていたのだ」と。そして、2人はすべてが終わった後、新たな形で互いへの「愛」を取り戻すことになる。辛い別れの中にも、一筋の希望の光を見つけ出すことはできる。2人のように互いに「やさしさ」を持っていれば、きっと。(文・小田部仁)
けしき
激動の人生を歩んだアーティストに訪れた
昨夜のパーティの香りを残す、穏やかな朝。
「Fascination(Jonathan)」Mark Morrisroe
激動の時代にあっても、誰しもに「やさしいとき」は訪れているかもしれないということを感じさせるのが、アーティストの故・マーク・モリスローが23歳だった時の恋人、写真家ジャック・ピアソンとの朝の一幕を撮影した本作。脱ぎ捨てられた、昨晩のパーティを思い起こさせるピンク色のドレスと、その上にまるでイエス・キリスト像のように腕を真っすぐ伸ばして横たわるピアソンが象徴的なワンシーンだ。傍らで猫が、ピアソンの指に留まる小鳥を狙っているのも、どこか寓話的。性的マイノリティに対する社会の無知や偏見が強かった時代に撮られた、ひそやかで穏やかなイメージが、何度見返しても胸を打つ。(談・ミヤギフトシ)