From Editors No. 798 フロム エディターズ
From Editors 1
最高の朝食。
雑に生活しているとその日食べたものすら忘れてしまう。忙しい時は特にそう。たまに自分の混乱の具合を測るために食べたものを思い返してみることがある。何を食べたっけ? 朝に食べたものすらわからない。ひどいときには食べたのか、食べなかったのかすら思い出せない。いつもより早く起きて朝食をゆっくり食べる。そんな時間が過ごせたら仕事の仕方まで変わりそうだ。それは朝食特集を作るにあたり、生活を朝型にしてみて思ったこと。
朝食はほかの2食に比べて圧倒的にプライベートだ。親兄弟や彼、彼女と食べる人もいるだろうが、それでも、普段の朝食を普段のように食べる姿にはその人らしさが不意に顔を出す。
ピーター・バラカンさんは1983年のNYで、噂で耳にした「ベーグル」というものを初めて食べた。こんな美味いものが世の中にあるのかと感動し、以来30年以上も朝はベーグルと決めて食べ続けてきた。自宅に伺い、いつもの場所でいつものように食べてもらいながら話を聞いた。11時からの取材だったにも関わらず、律儀に朝食を抜いて待ってくれていた。「さすがにお腹が空きました」、そういいながら、33年と何日か目の朝のベーグルをおいしそうに口に運んだ。
ちなみに朝のラジオ番組を務めていたときはベーグルをスタジオに持ち込んで焼いてもらっていたとか。ほかにも政治家の小沢一郎さんはじめ、女優やプロレスラーなど、普段どんな朝食を食べているのだろうと興味を引かれる人たちに話を聞いていった。朝食をともにしているとその人との距離感がとても近くなったように錯覚する。きっと今回の特集を読んでいればそんな場面に出くわすことがあると思うし、そうなってもらえたらいいなと思って編集した。
朝食は家でという人が圧倒的だと思うけど、たまに外で食べるのも悪くない。特に旅先では宿で食べず、ネットで調べず、近所を散歩して見つけたお店に身を委ねる。できれば個人の店でなんでもないところ。そこに集う人と一緒に普通の朝食を食べる。「朝食はそれを必要としている人たちのためにある。だから物見遊山でいってはならない」とはエッセイを執筆してもらった、編集部の先輩でもある、岡本仁さんが書いていたこと。打ち合わせをしていたときにはこんなことも言っていた。「そこはおいしいんですか、と聞く人には(朝食の店は)教えない」。これは岡本さんらしく思えて可笑しかったけど最高の朝食とは、きっとそんなものなんだろうと思った。
From Editors 2
朝食という儀式。
朝食の特集に携わっておきながら、ここ数年、きちんと朝食を食べている記憶がない。それどころか、朝昼晩の三度の食生活すら整っているとは言い難い。毎日同じ時間に起き、決まった時間に食事を取る。そういう当たり前に規則正しい生活から縁遠くなって久しい。たまにこういう特集に関わると、炊きたての白いご飯や香ばしいトーストで迎える朝の充実感に感化され、「よし! 自分もていねいな暮らしを」と、朝型の生活に変えてみたりするのだが、気づけば元の不規則な生活に逆戻り。実際、もうすでに戻っている。
今回の特集にあたり、職業、年齢、暮らす地域も様々な人たちの朝食の話を聞いた。取材を通して感じたのは、昼や夜の食事に比べて、朝食は習慣性が強いということ。毎朝コーヒー豆を挽くところから1日が始まるという人。30年以上同じメニューを食べ続けている人。朝の食卓は、家族との貴重なコミュニケーションの時間だという人。毎朝繰り返されるそれらの行為は、ある種の儀式のようにも感じた。そのせいだろうか、朝食の話を聞いているのに、その人たちが生きてきた時間、人生そのもの(少し大袈裟かもしれないけれど)を追体験させてもらっているような錯覚に陥った。それは、今回の特集の最後の取材で訪れた、ぎんさんの娘さんたちの姿がとても印象的だったせいかもしれない。
名古屋市近郊で元気に暮らすぎんさんの娘姉妹。揃って90歳を超える大ベテランだが、驚くべきはその年齢を感じさせない矍鑠(かくしゃく)ぶりだ。いまは五女の美根代さんが暮らす実家の縁側に集い、姉妹で少しずつ好みが違う朝食が並ぶ。ごはんはきちんと一膳。大好きな玉ねぎの味噌汁。卵料理。そして、納豆やシラスなどの小鉢がそれぞれ(この年になると自分の好みがよく分かっているから、隣のおかずにはまったく興味がないそうだ)。いつもの朝食を食べながら、たくさんの話を聞かせてくれた。幼い頃よく食べた味噌汁の話、大好きなぼたもちのこと、好きな食べ物嫌いな食べ物、家族のこと、電車の初乗りが4銭だった娘時代のこと、そして、この先の人生のこと……。話はあらぬ方向に脱線し、たまに互いのダメ出しを挟みながら、揃いも揃って口が達者。何度大爆笑したか分からない。「楽しく談笑してるように見えて、わしらはライバルだでね。あんねぇ(お姉さん)にはまだまだ負けられん!って、内心で競い合ってるんだがね」と、笑い半分に話してくれた。「自分でモノが食べられなくなったら終いだ」とも。
取材陣が彼女たちの話に夢中になっている1時間ほどの間に、気づけば食卓のお皿は奇麗に空っぽになっていた。とくにかくよくしゃべるが、よく食べる。これこそ元気の源なのだろう。酸いも甘いも乗り越えて、彼女たちは何万回も朝の食卓を囲んできたのだと思うと、変わらぬ朝食の風景がとても尊いもののように感じた。そして久しぶりに、実家の両親と朝ごはんを食べたくなった。そんな個人的な感情もありつつ、朝食を通してさまざまな人生模様が見え隠れしているかもしれない特集。楽しんで頂けたら幸いです。